本日の世見 2025年5月05日(月曜日)
中国の歴史
5月5日は「こどもの日」。
2025年5月5日、5が3つ並びました。
それと今日は大安です。
何かいいことが起きる気がしませんか。
今日ばかりはお天道様にお願いがしたい。「世界が今日ばかりは平和でありますように」、そして「子供達が笑顔で過ごせますように‥‥」と。
こんな思いになるのは、今、世界中がザワついている気がするからです。
中国共産党が結成されたのが1921年7月23日。場所は上海フランス租界の高級住宅の一角だったと言います。
中華民国の歩みが始まる頃、国家元首である総統に権力を集中させるのか、アメリカのように連邦国家にするのか、このような選択があったのかどうかはわかりませんが、「中国共産党」が結成されて、今年の7月で104年になります。
中国共産党が結成された日に参加したのが「コミンテルン」(共産主義インターナショナル)。
この代表が2名。中国人は13名で、平均年齢27.8歳の若者達でした。
この時、調査代表の1人として参加していたのが、毛沢東。28歳の時でした。
1924年1月には、中国共産党員が党籍を残したまま、中国国民党に加入したのです。
1927年の秋、共産党はターゲットを農村に変えて、湖南・江西に根拠地を築く事が出来たのです。
しかし、当時の農村の識字率は低く、記帳くらいなら出来る者は15%、手紙が書ける者は3.5%、文書が書ける者は1%しかいませんでした。
これでは蒋介石も成果があげられませんでした。
1932年、日本軍が熱河作戦を開始。
蒋介石は63万人の大軍を動員して包囲討代戦を開始したものの、攻撃を中止せざるを得なくなったのです。
私ね、こうして歴史を知ると、いったいどなたが人類の歴史をつくっているのだろうかと思うのです。
中国の歴史が大きく動いたのは1933年、毛沢東が再び軍事の指揮権を手にした時からです。
毛沢東が死去して、今年の9月9日で49年になります。
中国は今から又、大きく歴史を動かすことでしょう。
ログインしてコメントを確認・投稿する