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2025年03月24日07:32

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食事は、待遇することだと思う。特選

■「孤食」少ないほど幸福感=米で急拡大―調査
(時事通信社 - 03月23日 08:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8249196

待遇。
たとえば、ある家を訪れたとして、茶托と蓋がついたお茶が出てきたら、よい意味で「アレッ」という気持ちになるでしょう。
それが待遇することですが、やたらにぺこぺこするということとは違います。

そのあたりに、食べログの限界があります。食べログで4以上つく店とは、内装が豪華であり、従業員がやけに恭しい店です。

何かに似ていると思ったら、カレー店の人気投票です。
優勝する店は、ハウスククレカレーに癖のあるスパイスとマンゴージュースを入れたような味。食いつけるとまずく感じられる、表面を取り繕った味です。
まさに、悪い意味での大衆の味です。特にグルメということではなくても、カレーを二日に一度は食べたり、カレーを出す食堂を月に十軒も開拓する人もいます。そうしたカレーに関して深い経験がある人は、受け入れません。

食事とは、自分で自分を待遇することですが、
大衆的なレベルの待遇と、そうでない待遇があります。
やたらにぺこぺこされる大衆的な待遇だけではありません。
ちょうど、キャバクラに行った男が、最初は楽しくともそのうちうんざりして、精神的なものを求めるように。

唐沢寿明版の『白い巨塔』に、
江口洋介演じる、里見准教授が、学生時代からの行きつけの食堂に東左枝子と入り、店主のおばちゃんに「里見」と呼び捨てにされるシーンがあります。東左枝子は目を丸くして驚くのですが、おばちゃんにとって里見は、大学病院の偉い先生様ではなく、いまだに、腹を空かせた阪大生なのです。そういう自分を楽しむことは、孤食とは言えません。むしろ、自分が本来の自分に戻る瞬間でしょう。

本来の自分を、よく待遇する連れ。自分に戻る瞬間に立ち会うふさわしい人。
家族、異性、親友程度でしょう。あるいは、名前すら知らない、✕✕軒のオヤジ という、長年の顔見知りかもしれません。

逆に、この記事を読んで興味を惹かれたのは、アメリカ人の人間関係です。
浅い人間関係でも楽しめるほど、彼らは大人なのか。
また、
それほど、さびしいのか。

しかし、考えてみれば、家族や異性や親友や長年の親しんだ店主にしか心を開けない、ある種の日本人にも通じるかもしれません。

たとえば、さして親しくない同僚とラーメン屋に並ぶという、
浅い人間関係を楽しんだという「擬態」が楽しく、
またさびしいのかもしれません。

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