今日のニュースを見ていたら、
エジプト観光・考古省は18日、エジプト南部ルクソールで
古代エジプト第18王朝(紀元前1550〜同1295年ごろ)のファラオ(王)、
トトメス2世の王墓を発掘したと発表したとの記事がありました。
古代エジプトの王家の墓が見つかったのは、
1922年にイギリスの考古学者ハワード・カーターが「黄金のマスク」で知られる
ツタンカーメン王の墓を発掘して以来、約100年ぶりとの事です。
発表によると、墓があったのはルクソールのナイル川西岸にある「王家の谷」から
西へ約2.4kmの地点で、2022年に入り口を見つけ、発掘を進めていたそうです。
ツタンカーメン王以来との事から、
どのような副葬品が発見されたのかと思いましたが、
墓は埋葬後すぐにナイル川の氾濫で浸水したことから保存状態が悪く、
遺物の多くは別の場所に移されたとみられているとの事で、
トトメス2世のミイラそのものも、
19世紀に別の場所から発見されているとの事です。
トトメス2世(在位:紀元前1518年 - 1504年、あるいは前1493年 - 1479年)は、
古代エジプト第18王朝の第4代ファラオ(王)です。
トトメス1世の下位の王妃の子でしたが、政治的手腕に優れ、
正妃の第一王女であった異母姉のハトシェプストと結婚して王位を継承しました。
病弱で治世中特に大きな事績を残す事なく没したとされています。
トトメス2世は遺言で妾腹の息子トトメス3世を後継者に指名しますが、
トトメス3世は幼かったため、
以後22年間にわたりハトシェプスト共治王を務めます。
公的な場では男装し、あごに付け髭をつけていたと伝えられています。
ハトシェプストは、トトメス3世を無視してファラオの地位まで登りつめるほどの
野心家であったと見るか、
夫の遺言を守るために幼い継子が成人するまでの「つなぎ」を果たそうとしたと見るか
説が分かれるようです。
ハトシェプストは、『旧約聖書』「出エジプト記」で
モーセをナイル川で拾って育てた義母とも言われているとの事です。
ツタンカーメン王以来とのニュースでしたが、
トトメス2世の墓の副葬品がなかったのは残念です。
トトメス2世やハトシェプストは3500年ほど前の王ですが、
その治世など、ある程度詳しく分かっているなぁと思いました。
【今日の一句】
寒波です 二人会ったのは ダンパです
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