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2025年02月09日09:33

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2025年2月09日(日曜日)

『サントリー』

私ね、人には口癖というのがあるように思うのです。
意外と多いのが「心配」。
私にも自分では気付いていない口癖があるかもしれませんが、心の中では「今日も幸せだった」と言っているのが、とても気に入っているのです。

私ね、サントリーの創業者、鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」という口癖が大好きです。
大阪商業学校って今もあるのかなぁ、彼がこの学校を卒業したのが十三歳。
信治郎さんは薬種問屋に丁稚奉公に行くのですが、それが十三歳ですよ。
あなたの十三歳、お子様の十三歳の時と比べて、信治郎さんとの違いをどのように思われるか、信治郎さんのことをお調べになってみてください。

いつもワインを見る度に、信治郎さんに憧れを抱くの。
だってね、私の大好きだった「赤玉ポートワイン」を、1907年に開発、発売した人なのですものね。
この赤玉ポートワインが登場するまでは、それまで葡萄酒って漢方薬的な存在でしたからね。
ワインの次に着目したのがウイスキーでした。

今も信治郎さんが生きておられたら、会いたくなる人です。
関西弁で「やってみなはれ」と言われたくなります。
日本初の本格ウイスキー「サントリーウイスキー白札」が発売されても、このウイスキーは売れませんでした。
信治郎さんは8年間研究。
この答はご存知の通りです。
今も角瓶ファンの多いこと。
私はハイボールも大好きです。
サントリーウイスキー白札は、後に「ホワイト」になったみたいです。

信治郎さんの長男・吉太郎さんは、京阪神急行電鉄の小林一三社長の娘・春子さんと結婚しました。
このお二人の間に生まれた信一郎さんがサントリーの三代目の社長です。
四代目の社長は、二代目(信治郎の次男)・佐治敬三さんの息子の信忠さんです。
信治郎さんの「信」の字がどこか誇らしげです。
敬三さんがいなければ、今のビール業界も違っていたかもしれませんし、最近はまっている「−196ビターレモン9%」も飲めていなかったかもしれません。


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