小倉智昭さん、膀胱がんのため死去 享年77 事務所が正式発表…後日「お別れの会」を予定
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小倉さんは、性機能に未練があって、膀胱の摘出が遅れたそうです。
そこを考えてみました。もっともですね。私がもしもそうなったら、同じく摘出を拒否するでしょう。
セックスがどうのということではなく、象徴的意味合いにおいての未練です。
ぼくも残尿感があるので
少し心配になって、膀胱がんの専門家になり、一流大学の附属病院や基幹病院に勤めて開業した教え子のところに行こうと、往復の電車をしらべました。
その前に…とAIで「残尿感」を調べたら、さすがはAI。結局、すでに治療を始めている持病を指摘しました。今のところ、がんではなさそうです。
しかし、その教え子は性機能を失わせるような手術もしているんでしょう、メンタルが強いですね。。私が教えた科目にはそんな術はないです。もちろん、英語や数学にもあるはずがありません。
当然ですが、当事者は患者であり医師は当事者ではないからこそ、残虐とも見えることも、医学上必要なことならばできるようになる。医師になったら何らかのイニシエーションの後に「徹することができる」のになるのでしょう。
では、当事者はどうなのでしょうか。
…治療を嫌がって命を縮める。自殺に似ていますが、とてもじゃないですが、小倉さんを倫理道徳的に批判する気持ちにはなれません。
自分だって確信犯的に手術を拒否するでしょうから。
そんなこと言い出したら、飲酒や喫煙だって自殺と同じになります。
一体、自殺と不摂生の間の線引きはどうしたらいいのでしょうか。
また、
なぜ、宗教は自殺を禁じているのか。。
ある人が言いました。
「自殺を禁じているのは、キリスト教だ。その方が信者の管理のために都合がいいからだ。」
その人は僧侶です。病死しましたが、「運が向かなかったら、死んで別の世界に行く」などということを公言していた人でした。。
…今回は小倉さんの最期にことよせていろいろなことを考えました。
好きな芸能人であり、親しみを持っていたからでしょう。
この人も、他に代わりがいないような個性の持ち主でした。
ご冥福を心からお祈りいたします。
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