物理学の圧倒的な勝利を目にした経済学は、物理学化を進めていきました。高度な数学を駆使して、精緻な理論をつくりあげていったのです。そうやってできあがった経済のモデルの大半は、事実上、一種類の製品をつくる単一のセクターであり、そこに資本、労働力、人間の知識、投資、貯蓄などの入力因子を考慮して微分方程式をつくり出しました。
それでうまくいけば何の問題もないのですが、実はあまりうまくいかないのです。よく指摘される問題点のひとつは、経済の主体である人間を、常に合理的な判断をする要素であると仮定している点です。将棋の名人に対して第一手を指す。すると、すべての変化を読み切った名人が投了するという。よくある笑い話です。
将棋の変化は有限です。わりと簡単に証明することもできますが、少々手間がかかるので、ここは有限だということを信じてほしい。変化が有限であれば、すべての変化を読み切り、結果から逆にさかのぼることによって、現局面から最善を尽くした場合の結果がどうなるのかは明らかになります。
しかし変化が有限だといっても、その場合の数は超天文学的な数になります。人間がそのすべてを読み切ることなどできるはずもないのです。数年前、AIが人間の名人を破り、話題となりました。現在、AIの実力ははっきりと人間を上回っています。
しかし、AIにしてもすべてを読み切っているわけではないでしょう。最強のAIでも、すべての変化を読み切ることのできる将棋の天才にはかなわないのです。現在の経済学は、人間をこの将棋の天才のような存在であると仮定しているのです。
もうひとつの問題点は、イノベーションを無視している点です。人類はイノベーションを通じて危機を克服し、生き残ってきました。石器の発明、火の活用、土器の製作が、人類の発展に大きな影響を及ぼしてきたことに疑問の余地はないでしょう。
そして農耕の発明は、人口の爆発的な増加をもたらしました。その後も大小さまざまなイノベーションによって人類は進化し、現代に至っています。人口は幾何級数的に増加しますが、食糧生産は算術級数的にしか増加しないので、人類はやがて深刻な飢餓に直面するという「マルサスの罠」を克服したのもイノベーションでした。
その一等功臣は何といっても、フリッツ・ハーバー(1868〜1934、1918年にノーベル化学賞受賞)とカール・ボッシュ(1874〜1940、1931年にノーベル化学賞受賞)によるハーバー・ボッシュ法の発見でしょう。
これによって人類は、それまで根粒菌にだけ可能であった、空気中の窒素を植物が利用できるかたちに固定することができるようになったのです。ハーバー・ボッシュ法によって生産された窒素肥料は食糧の大増産を実現し、世界的大飢饉が起こるのを防いだのです。
しかしそれでも、食糧の問題は解決しなかったのです。1960年代には、新聞や雑誌などで、食糧不足のために人類は早晩、危機に陥るというようなことが真剣に論じられていました。この危機を救ったのもまたイノベーションでした。
今度の功臣は、遺伝子組み換え作物だといいます。収量も多く、病虫害に強い遺伝子組み換え作物によって、現在、食糧問題はほとんど解決したといいます。さらに最近は、土地を必要とせず、水を極限まで節約しうるスマート農法なども実用化しており、砂漠の地に新鮮な野菜を提供してもいると伝えられています。
遺伝子組み換え作物は未知の領域だと感じます。虫も食べないものを人間が食べていてどのようなことが起きるのであろうか。ここ100年の間に謎なことばかりが行われています。現在、問題となっているのは地球温暖化です。しかしこの問題も、新たなイノベーションによって解決するのではないか、と考えているのです。
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