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2024年10月27日22:23

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八犬伝

山田風太郎のファンなので、原作の映画化はとりあえずチェックします。『八犬伝』は、伝奇ものの大先輩として、原作者の馬琴に対する山田風太郎の深い敬意が込められている作品ですが、風太郎晩年の特徴でもあるメタ的な構成のため、映画に向くとは思っていませんでした。よく挑戦したなあ。なので採点はどうしても辛くなりますf^^;。とはいえ今回は原作の内容をかなり忘れており、読み直しもしていないため、映画として楽しめるかどうかに重点を置いて観ました。結論から言えば、映画だけ観ればまあまあか。風太郎ファンとしては物足りない。

『八犬伝』の物語を「虚」として、その原作者馬琴とその家族、北斎との交流を「実」として、並行して描く手法は映画でも踏襲されています。ただ、やはり映画では尺が全然足りない。『八犬伝』の大長編を映画で再現しようとしたらどのくらいかかるのか、正直想像もつきませんが、実質約1時間あまりでは大胆すぎるくらいに圧縮せざるを得ないわけで、エピソードも登場人物たちも省略しまくり、八犬士ですらさらっと、犬江親兵衛などはほとんどついでみたいな感じになっています。「実」の方はそこまでではありませんが、それでもなにもかもあっという間に過ぎ去る。それでも、端折り方としてはかなり要領よかったとは思います。馬琴、北斎、南北が歌舞伎の奈落で言葉を交わすシーンは、ここ重要!ということがよく伝わってくるし、奇想天外な「虚」の世界よりもはるかに重みが感じられました。ただねえ、この「虚実」のどちらに重みを置くかということは、このメタな構成を取る物語の核心部分でもあるので、本当にこれでよかったのか? 個人的にはもやもやする。

「絵」的には、例えば「虚」の部分で名高い「芳流閣の決闘」など、華麗なスペクタクルシーンもあって、なかなかいい見せ方しています。しかし先日『侍タイムスリッパー』でホンモノの凄さを味わっているだけに、いかにもなCGではちょっと分が悪い。また、贅沢とも思える配役ですが、個人的なイメージで言うと、馬琴に役所広司はスケールが大きすぎる。この男のどこからこんな荒唐無稽な物語が紡ぎ出されるのか、と北斎が不思議がる風采でなくてはならないわけで、もっとクソ真面目で小さく凝り固まったようなキャラとして造形すべきでしょう。それに、北斎役の内野聖陽よりはっきり年下に見える必要もある。とはいえ、みなさんさすがの演技力で、客席のあちこちでもらい泣きしたり鼻をすすったりしている様子がうかがえました。『侍タイ』でめちゃ泣いたみっちは今回泣いてませんけどf^^;。いちばん納得できたのは、玉梓役の栗山千明(ハマリ)。船虫役の真飛聖も含めて、悪女二人は文句なし。土屋太鳳も悪女やらせた方が面白かったんではないかと(爆)。

ここまで書いて、一日経ったところで「虚実」の問題について考えたことを追加したい。例えば、映画のラストシーンから「はいカット!」と声がかかり、「お疲れ様でした。役所広司さんクランクアップです」と紹介されて「なんだと?」と動揺する馬琴。そこへ花束を持った女性が現れ、顔を上げると船虫だった。「うわあ!」と絶叫した馬琴が気がつくと、自分の部屋の布団で寝ていた。しばし呆然として「夢か。それにしても面妖な」とつぶやいていると笑い声がして、そちらを向くと、お百が座っていた。「お、お前」、「なんだい。いつまで経ってもこっちにこないから迎えに来てやったよ。さあ、玉梓や船虫も待ってるよ」。「なにをいう。玉梓も船虫もわしが考え出した空事ではないか」。「なら自分の目で確かめるんだね。ほらほら、もう待ち切れないってさ」。などというシーンがエンドロール後に付いてたりすると、風太郎っぽくなりはしませんかねf^^;。
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