■歴史的Vの尊富士、足引きずりながら表彰式「優勝を勝ち取りたくて」「皆さんの記憶に残れるよう」と土俵への強い語る
(TBS NEWS DIG - 03月24日 17:54)
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大相撲三月場所で前日の右足の負傷を物ともせず、堂々たる新入幕優勝を果たした尊富士ですが、表彰式での優勝力士インタビューもまた印象的でした。テキスト起こしを改めて読むと、尊富士の誠実さが改めて感じ取れる内容になったと思いました。曰く、
インタビュアー:大変な偉業を成し遂げた幕内最高優勝、尊富士関です。
尊富士:ありがとうございます!
インタビュアー:この大歓声、どんな風に今、聞きましたか。
尊富士:本当に千秋楽、土俵に上がれて良かったなって。安心してます。
インタビュアー:昨日は驚き、心配しました。そこから1日、どのように。そして、どんな気持ちで土俵に上がったんでしょうか。
尊富士:そうっすね。体もきつくて、でも絶対に自分が最初のころに、15日間しっかり土俵に上がることを務めることが、やっぱ力士として大事だと思ったんで、もうホントに自分自身も優勝を勝ち取りたくて、はい、しっかり上がることができてホッとしてます。
インタビュアー:その強い決意を持っての今日の土俵上、勝てば優勝でした。これまでの14日間と気持ちの変化はありませんでしたか。
尊富士:やっぱりもう、この怪我だったら大した相撲取れないんじゃないかと思ってる方もいますけど、やっぱり自分も、ここで負けたら皆さんが15日間、大阪場所に運んできた意味がないと思ったんで、その辺はしっかり自分で考えて。
インタビュアー:立ち合いからの出足で、ここまで素晴らしい相撲を続けてきた尊富士関。今日は組み止める相撲に見えました。
尊富士:そうですね。自分自身も信じて土俵に上がりましたし、何より師匠の親方が解説だった(NHKのテレビ正面解説を師匠の伊勢ケ濱親方(第63代横綱旭富士)が担当)んで、しっかり土俵でいい相撲を見せなくちゃと思って、土俵に上がりました。
インタビュアー:褒めてらっしゃいましたよ。
尊富士:ありがとうございます。
インタビュアー:初めての幕内の15日間、初日からの11連勝、そして所要10場所(前相撲から)での幕内最高優勝。あらためて、どう感じていますか。
尊富士:そうですね。最初に言った通り、やっぱ記録も大事ですけど、やっぱ皆さんの記憶に1つでも残りたくて、それで必死で頑張ってきました。
インタビュアー:記憶にも記録にも、両面に残る活躍です。初めての幕内の雰囲気はどう感じていましたか。
尊富士:まあ、やっぱり雰囲気もありましたけど、やっぱ何より部屋の稽古。やっぱり横綱(照ノ富士)がいますんで、そこはもう自分も怖がらずに、しっかり土俵に上がりました。
インタビュアー:先場所、横綱照ノ富士関が優勝したパレードの旗手に指名されました。「もう1度、自分でそういう景色が見たい」と話していた尊富士関。実現しましたよ、次の場所で。
尊富士:まさかやれると思ってなかったんですけど、ホント濃い15日間でした。
インタビュアー:故郷の青森でもたくさんの方が声援を送っていました。故郷への思いは今、どう感じていますか。
尊富士:そうですね。昨日、怪我をして、やっぱ、その中でもたくさんの人から連絡がきた時に、やっぱり不安なのは自分じゃなくて皆さんの方だと思ったんで、そこで不安にさせないように、絶対に土俵に上がって、勝っても負けても、そういう自分を信じて土俵に上がりました。
インタビュアー:これまで支えてくれたご家族、関係者、そして何よりもお母様に、本当にいい報告になりますね。
尊富士:そうっすね。
インタビュアー:どんな感謝を伝えたいですか。
尊富士:そうですね。まあ、おかげさんで僕も、そんな体も大きくないですけど、やっぱこうやって、しっかり土俵で勝てるように育ててくれて、本当に感謝し切れないです。
インタビュアー:まだ新入幕10場所目。力士人生、始まったばかりだと思います。これからどんな相撲をファンに見せていきたいですか。
尊富士:見せて、それはもうファンが応えるような相撲を取りたいと思ってます。それだけです。
インタビュアー:これからの活躍を期待しています。本当におめでとうございました。
尊富士:ありがとうございました!
「15日間しっかり土俵に上がることを務めることが力士として大事」「皆さんの記憶に1つでも残りたくて、それで必死で頑張ってきました。」との言葉が印象的でした。それ、更には、一問一答が終わると律儀に四方へ頭を下げた尊富士のインタビューこそ、この人の土俵を務める誠実な姿勢の表れであり、その相撲を支えた“原動力”だと理解しました。
日本相撲協会曰く、大銀杏を結えないちょんまげ力士の優勝は初めてだそうですが、先場所の新十両優勝の土俵でも、ちょっとこれまでとは違う強さを持った力士だなと思って見たので、いつかは幕内優勝する力士になるんだろうなと想像していましたが、それが関取二場所目にして新入幕の場所で、ですから、凄いと思います。
テレビ向正面解説の舞の海秀平(元小結)も言及していましたが、尊富士と大の里の躍進を許した役力士たちの“不甲斐なさ”が、今場所に残された課題となってしまったかもしれません。横綱照ノ富士、角番脱出の大関貴景勝は途中休場となりましたし、大関霧島は皆勤で負け越しとなりました。場所前に「最大の注目」となっていた新大関の琴ノ若は10勝5敗、豊昇龍は大の里を降して11勝4敗でしたが、豊昇龍こそ尊富士に勝ったとは言え、琴ノ若は尊富士の初日からの11連勝の相手となり、“壁”とはなり得なかったのが正直なところでしょう。恐らく、優勝の表彰式で傷めた右足をやや引き摺った感じだった尊富士は場所が終わったら右足の診察を改めて受け、治療中心(場合によっては来場所の休場も?)となると思いますが、これからも続く土俵生活ですから、治療はしっかりやって欲しいと思います。
その琴ノ若の千秋楽は、結びで霧島との大関対決。両者の突っ張り合いから組むと土俵際で霧島が左からの上手投げ。しかし行司である38代木村庄之助の軍配は琴ノ若に上がるも物言いがついて、琴ノ若の体と霧島の右足の甲が土俵に付くのが同時のように見える際どい一番となりました。協議の結果は行司差し違えで霧島が勝ち、霧島は5勝10敗となりましたが、41代式守伊之助時代から軍配差し違えが多かった38代木村庄之助、その点は変わっていないのかもしれません。
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