mixiユーザー(id:7170387)

2024年01月15日04:56

84 view

勝利は追撃戦で完成される


制限戦争で重視されたのは戦場での勝利と勝利の名誉、このふたつでした。だから敵が会戦に敗れたら、将軍はそれに満足して、ただちに剣を鞘に納めました。勝負が決まったからには戦闘を止めるのは当然で、その後の流血はすべて無駄な残虐行為とみなされます。

しかし敵戦力の撃滅という戦争本来の目的からすれば、こういう哲学は誤っている、とクラウゼヴィッツは強調し、次のように述べています。

「これまでの戦争でみると、大勝利を博した会戦のあと、強力な追撃戦をやったのはスウェーデン王カール十二世、英国の将軍マールボロ、オーストリアの将軍オイゲン、フリードリヒ二世のような本物の英雄だけで、その他の凡庸な将軍は戦場での勝利にのみ甘んじていたことが分かる」

だが十九世紀以降、「追撃は勝者のなすべき主要な仕事となり、戦利品の量は著しくふえた」。勝ち得たのはたんに戦利品だけではないのです。戦意喪失という精神面の勝利が大きい。あまり知られていないが、南北戦争(1861〜65年)で北軍が展開した追撃戦は、一般市民を巻き込むもっとも徹底したものだったのです。

1864年9月、米国南部の都市アトランタを占拠し、これを灰にした北軍司令官シャーマンは、敗走する南軍を追って、ジョージア海岸の港町サバンナ、サウスカロライナの州都コロンビアを制し、翌年2月、南北戦争勃発の町、チャールストンに達する。

「海への進撃」と呼ばれる追撃ですが、この追撃は半端でなかった。シャーマン軍は九十キロ幅で進撃したのですが、シャーマン軍が通った後には、略奪と破壊で幅九十キロの焦土の帯が延々と続いたのです。

焦土作戦をやったのはシャーマン軍だけではない。東部戦線でも北軍総司令官グラント将軍は、南軍の食糧庫でもあったシェナンドア渓谷の徹底的な破壊を命じています。「空を行く鳥も食糧を携えなければならぬ」まで、とことん破壊しつくせと有名な命令書に書かれています。

南軍の軍人のみならず、一般の南部人まで巻き込んだこの焦土作戦の狙いは、南部の資源、経済の完全な破壊だけでなく、南部人の戦意を喪失させることにあったのです。戦意はたしかに喪失しただろうが、敵意・怨恨はいまにいたるまで長く残っています。

元南部連合国だった南部諸州で史上最悪の戦争はと問うと、返ってくる答えは第二次世界大戦ではなく、150年前の南北戦争なのです。この「海への進撃」に限らず、米軍には敵の息の根を止めるまで、徹底して追い撃ちをかける伝統があるようです。

その頂点が第二次世界大戦で米国大統領ルーズベルトが執着した無条件降伏です。もっともそのために戦後半世紀が過ぎても、世界のごたごたは納まらないのです。それに比べて日本軍の攻撃は淡白で、一度勝つと安心するのか、しつこく追撃する例は少ないです。

真珠湾攻撃のケースもそれですが、昭和17年5月の珊瑚海海戦でも追撃戦を怠り、取り返しのつかない失敗を犯しています。珊瑚海海戦で「翔鶴」「瑞鶴」から発進した日本の航空部隊は敵の大型空母「レキシントン」を撃沈、もう一隻の「ヨークタウン」も「撃沈」と報告しました。

だが「ヨークタウン」は航行不能に陥って戦列を離れただけで、沈没はしなかったのです。連合艦隊はこの作戦にあたった第四艦隊司令長官井上成美に、米機動部隊を追撃せよと命令しました。ところが電信の行き違いもあり、井上は第五航空戦隊の指揮官原忠一の戦意が消えてしまったのだろうと判断し、追撃を中止させたのです。

おそらく大型空母二隻撃沈の誤報を真に受けて、深追いは無用と判断したのでしょう。しかし「ヨークタウン」は辛うじてハワイに帰投、夜を日に継いでの修理の末、なんとミッドウェー作戦に参加しました。もし珊瑚海の藻屑にしておけば、「ミッドウェーの奇跡」は起こらなかったかもしれないのです。

昭和19年(1944)10月に行なわれたレイテ沖海戦は日本海軍が反撃に転じる最後のチャンスでした。しかしこのチャンスは栗田建男中将の下した敵前逃亡にひとしい決断で、あっけなく潰れてしまったのです。4ヵ月前のマリアナ沖海戦で日本は空母の大半を失ったけれども、戦艦、重巡などは健在でした。

連合艦隊はこれらの艦船を総動員し、フィリピン中部のレイテ島に上陸した米軍を叩く一大決戦を挑んだのです。艦隊は三手に分かれて出動したのですが、主力は栗田艦隊で「武蔵」「大和」「長門」など日本海軍自慢の巨大戦艦を擁していた。

栗田艦隊は途中、米空母部隊の攻撃にさらされ、「武蔵」など数隻を失ったが、それでもフィリピン諸島の海峡を通り抜け、サマール島沖で米護衛空母部隊と激突、多くの痛手を受けたが、米軍の護衛空母一隻、駆逐艦三隻を撃沈し、米艦隊を追い払ったのです。

こうして目的のレイテ島まで80キロの地点にたどりつきました。連合艦隊の作戦ではレイテ島の米軍上陸地点まで突入し、敵の艦船を壊滅させることになっていました。それとともに陸軍は総力をあげて、上陸した米軍に決戦を挑む計画でした。

ところがレイテ島を指呼の間に望む地点に来て、栗田長官はあろうことか「突入中止!反転して北上せよ」と命令したのです。驚いた幕僚たちの抗議の叫びにも耳を傾けず、決戦のチャンスは永久に失われたのです。将軍に人を得なければ戦争は失われる、とクラウゼヴィッツはいいますが、まさに至言でしょう。

石原莞爾平和思想研究会 (ishiwara-kanji.com)

仲條拓躬 - YouTube
@taku-nakajoチャンネル
チャンネル登録お願い致します。

仲條 拓躬 (@takunakajo) | TikTok
フォローお願い致します。

(3) 仲條 拓躬 (タク)(@takuminakajo)さん / X (twitter.com)
フォローお願い致します。

仲條 拓躬(@takuminakajo) • Instagram写真と動画

(20+) 仲條 拓躬 | Facebook
(20+) Facebook

[mixi] 石原莞爾平和思想研究会

Home | taku (taku-nakajo.wixsite.com)

スレッズ
https://www.threads.net/login

8 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年01月>
日 月 火 水 木 金 土
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   

最近の日記

もっと見る