前編の最後にて、上平井橋で旧中川を右岸に渡っておりました。
すぐ先で旧中川は綾瀬川と合流し、中川放水路として中堤を境に荒川放水路に平行して流れて行きます。
そして綾瀬川を左手に上流へ向かうと、間も無く右手に現れるのが木下川薬師。
「きのしたがわ」ではなく、これで「きねがわ」と読みます。
なんでも、
という事だそうですが…
ところが、近くには木根川という地名も有るよう。
前述の理由で「木下川(きねがわ)」という地名が出来てから、音に合わせて「木根川」という表記が出来たのでしょうか?
偶然近くに有るという訳ではないでしょう。
そして木下川薬師ですが、私の出身校の学祖に所縁が有る場所として、実は4年弱前にも来ていました。
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お詣り(。-人-。)
参拝を終えて上流へ。
京成押上線や水戸街道を過ぎると、間も無く堀切菖蒲園に到着。
敷地は思っていたより狭そうですが、思っていたとおり盛期にはまだ早かったよう。
咲いている一角も有るという程度です。
近い内にまた来ないと!
そして更に上流へ向かうと堀切橋が見えて来ました。
綾瀬川と荒川放水路を纏めて渡っています。
そして、この堀切橋のすぐ上流側に隣接しているのが京成本線の綾瀬川橋梁&荒川橋梁です。
ここは金八先生でもお馴染みの場所のようですが、この鉄橋の掛け替え事業が現在進行中です。
しかし、元々来年竣工の予定だったのが、2037竣工予定と大幅に延びてしまいました。
なんでも現橋の20m上流に架橋する予定だったのが、家屋の立ち退きを少なくするよう地元から要望が有ったとかで、15m上流架橋になったそう。
(この辺り?)
その結果、一気に新線に切り替える筈が一線づつ仮線を造って行かねばならなくなり、事業費も工期も上昇したという事だとか。
なるほど…
理由は分からなくもないですが、そもそも京成の線路部の堤防が低く、出水時には危険である事から、線路を移動しての堤防のかさ上げは喫緊の課題となっておりました。
そんな理由で長期化させるのは本末転倒と思わなくも有りません。
この間、大雨などが無い事を祈るのみです。
堀切橋を渡ると、東武伊勢崎線の線路が見えてきましたが、北千住以北に比べ、より都心に近い筈のこの区間はまるで町内電車のよう…堀切駅は上下線それぞれ入口が独立した駅でした。
そして、荒川放水路右岸の足立区に有る堀切駅ですが、堀切という地名は左岸葛飾区の地名です。
荒川放水路が掘削される前の東武伊勢崎線がもっと東寄りを走っており、かつては堀切駅も現在より東に有ったという事のよう。
もっとも、掘削前から廃止駅となっていたそうなので、現在地で開業した時点で、実情に合った駅名を名乗れば良かったのでは?という気もしますが…
東武伊勢崎線&亀戸線で亀戸へ向かいます。
今度向かったのは亀戸天神。
現在、藤まつりの期間中なのです。
しかし堀切菖蒲園の菖蒲とは逆に、こちらは既に終わりかけ。
見れたのはほんのちょぼちょぼでした。
正に「花の命は短くて」。
来年に期待だ!
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