前編より先に後編をアップ(笑)
随分日が過ぎてしまいましたが、私の出身校の学祖、山田顕義先生(人呼んで法典伯)の足跡を追ってみました。
先ずは葛飾区の木下川薬師。
新小岩駅北口から、中川放水路に沿って北へ向かいます。
この道沿いなので、すぐに分かりました。
この場所は、法典伯と直接の関係は有りません。
今風に言えば、愛人という言葉で片付けられてしまいそうですが、法典伯が懇意にしていた女性がいます。
法典伯の没後、法典伯がよんだ「風折烏帽子」の歌碑をここに建立したのです。
「愛人」なんて安っぽい言葉で片付けられない結び付きが有ったのでしょう。
境内を一回りして、次へ向かいました。
橋を渡り、綾瀬川と荒川放水路の間に有る中堤へ渡ります。
ここは川と川に挟まれた細長い土地なので、右を見ても左を見ても川。
何年か前、東京トライアルハーフマラソンというレースで走った事も有ります。
ちょうど、橋の下をジェットスキーが駆け抜けて行きました。
今度は荒川放水路を渡ると墨田区の八広。
少し先の曳舟近くには、三輪里稲荷神社、通称「こんにゃく稲荷」というノドにご利益有る神社が有るのです。
こちらは番外…と言うか、法典伯とは関係有りません。
ついでの寄り道でした。
これからの時期は、ノドのケアが大切ですヽ( ̄▽ ̄)ノ
お詣り(。-人-。)
曳舟からは四つ目通りで錦糸町〜と言いたいところですが、時間の都合で東武亀戸線→総武線→有楽町線で護国寺へ。
もっと早く家を出れば良かった(。>д<)
この護国寺には、法典伯の墓所が有るのです。
と言っても、ひとつひとつ探すのは大変そう…
とりあえず一回り…
最初に目についたのは三条実美、幕末の七卿落ちの1人であり、明治時代の政治家です。
そうか、法典伯ほどの人なら大きなお墓に違いない!
すると、すぐに分かりました。
おそらくこちらがそうでしょう。
不肖の…そして遥かな末裔の教え子です(。-人-。)
理由は不明ですが、護国寺は猫が多い…
そして猫写真撮っている人も。
有名なのかな?
墓地では暗くなったら探すの大変なので、ここは明るいうちに来ないと!
と思って、電車を利用した訳です。
この次は、法典伯を学祖と仰ぐ我が母校。
こちらは場所もよく分かっているので、ここからは歩きました。
この学校には経済学部や理工学部も有りますが、ルーツが日本法律学校というのですから、ここはやはり法学部でしょう。
水道橋駅南の三崎町に有ります。
私が卒業して30年くらい…
当時から建て替えた校舎も有りますが、本館は昔のままのよう。
閉まっていたので、中は分かりません。
さて
足跡を追ったにしては、没後の物ばかりになってしまいました。
水道橋駅の隣駅である御茶ノ水駅、現在は通勤で利用している駅ですが、ここから南の駿河台に、この学校付属の病院が有ります。
なんでも、かつてはこの辺りに法典伯の屋敷が有ったそう。
前後が逆になりましたが、続く「前編」にて、法典伯の事を書いてみます。
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