■学習方法「分からない」7割=小学生で急増、コロナ禍影響か―東大・ベネッセ調査
(時事通信社 - 04月12日 07:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7372075
「学習方法」があると発想するのは、実は最悪である。
そもそも、「学習方法」とは、何のためにあるのか…
テストでいい点を取るため??
テストでいい点を取るのが目標とは、健康診断の直前にγGTPの値をよくするために禁酒するようなものである。
共通テスト(旧センター試験)などは欠陥だらけのテストだから、高得点を取ったが、内容をサッパリ理解していないなどと言う人は多い。
現に山田詠美さんは、自分の書いた小説がセンターで出題されて、解いたがまちがったとおっしゃっている。
また、「あらゆる女性の手なずけ方」を知りたがるようなものである。
たとえば、うちの家内だったら、カウンター割烹で旬の突き出し食わせてうまい生ビール飲ませればたちどころに機嫌がよくなるが…ほかの女性は違うだろう。
同様に
全てに当てはまる「学習方法」などないに決まっている。
それから、私の経験でいうと、この手の言葉は学習拒否の口実になっている。
宿題忘れた中学生がいうではないか。
「三ページをやってくるのが宿題でしたが、三ページのどこをやってきたらいいのかわからなかったので、やってきませんでした」
それと同じ。やる気のなさを教師のせいにしているだけ。
あるいは、そういうやつは、本当に「学習方法」があると思っているのかもしれない。
それも、
「勉強ができるやつは、秘密の勉強方法を知っているからできるんだ。オレもそれが分かればできるようになるはずだ」
などという形で。
法華本覚思想は日本教と言われているが、悪く認識すると、人生を失う。
教師は本当は、
「あのなあ、同じ霊長類でも、チンパンジーとゴリラは違うんだぞ」くらいのことを言ってもいいのかもしれない。
コンプライアンス的に、アウトだから、口が裂けても言えないけれどね。
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