■イマドキ高校生が選んだ「生き方に憧れる有名人」 2位は大谷翔平さん、1位は「子役時代から活躍している女優」
(まいどなニュース - 02月06日 07:40)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=7289733
大谷さんは、本当に素晴らしいと思います。
メディアの報道を、それもあまり熱心に見ないで、一端をうかがい知るだけですが、彼に女性はいないそうです。大谷さんはゲイではないそうです。健康な若い男で女性が放っておかないから、恋人ではないとしても何らかの意味での女性がいるのではないかと専属で張り付いて何年も頑張っている週刊誌記者もいるそうです。でも、女性の影はない。
私のような、俗塵にまみれた凡人には、到底真似ができないことです。
そのことについて考えてみました。おそらく、克己心ではないでしょう。お金でいうと、40億円もらっている人が、60億円に収入を上げることに意味はないと思います。記録であるかというとそれも疑問です。女性がいても、騒ぎになって野球に集中できなくなっても、せいぜい二三勝勝ち星が減るだけであり、スポーツ選手にとって致命的なことにはならないからです。
克己心でないとしたら…
集中することによって、結果的に女性が後回しになるということでしょう。
集中が途切れるから、気分転換に…ということになりません。
その集中の原動力は…というと、「空」ということでしょう。
何にも絶対的な価値を見出していない。
お金はありがたいし、記録は鼻が高いかもしれない。希望を与える? まあ、そういうこともあるかもしれない。自分の活躍は確かに親孝行になっているだろう。でも…
そういう心理だと思います。
自分の所属している世界の「大家」(権威者や尊敬するべき人)をよく観察すると、次のようなことに気が付きます。
1 心配しまくっている
決して「落ち着いて」「心を無にして」…などという道学者ふうのことを考えていません。
2 自分の営みや達成を、決して大きな価値を持つとは考えない。
3 成績が悪い他人を虫けらのようには思わない
この三点です。
一面の真理という言葉があります。年俸も成績も、少年に夢を与えることも、一面の真理に過ぎません。そう考えるからこそ、換言すれば「意義」や「価値」を考えないからこそ、頑張れるのでしょう。
「意義」や「価値」を考えると、「ここまでやったのだから、たまには遊ぼう」などということになりますし、物事をやる意味を失います。たとえば、「野球は少年に夢を与えるという意義を持つ素晴らしい仕事だ」と考えると、野球をやめて恵まれない青少年への福祉でもやった方いい…ということになりかねません。
また、3ですが、高校時代に面白い話を聞いたことがあります。
ある、あまり勉強ができないAと、色白の優男、いつもはにかんだように微笑んでいるおとなしい性格で非常に勉強ができるB(旧帝大の理系に進学したと思います)が、ツレでした。あるとき、Aは「Bの奴は、バカだから勉強ができるんだ」といって、非常に感銘を受けました。
そうか。剛柔でいうと柔。やわらかいから悩みがないのだ。場合数の難問がわからないで、「こんなの思いつくはずがない」と怒ったりふさいだりする面がないんだ…確かに、それなら、勉強ができるはずだ…
勝ち負けでものを考えると、限界があるのでしょうね。
大谷さんは存じ上げません。想像に過ぎませんが、たぶん、上記のようなことだと思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する