友人Aが、猫を飼いきれなくなり、Bに譲ろうとしています。
ところが、ある件でAは、金銭的に損をしたのです。
恩師佐藤六龍は、禍不単行と教えて下さいました。
ある人が、リストラにあったとしたら、ガンも見つかるし、女房は実家に帰り、株で損するということです。
そうすると、猫を手放すことは「禍」の一つだと想像できます。
しかも、頭がいい猫だそうです。
ただ、Aが薄情な飼い主かというと、Aは病気です。
いろいろなことを考えるという作業がもうできなくなっているのかもしれません。その辺はよくわからないところがあります。
では、猫そのものはどうか。
私も飼っていました。
猫は、単純な話に還元できない存在ですね。
子どもと同じです。
自分が寝たきりになって、子どもに長年介護されたなど、よっぽどのことがない限り、子どもがプラスになっているかどうかはわかりません。あれほどはっきりした関係がありながら、関係の中味の評価はどうも判然としないところがあります。
同様に、猫との関係も本当のところがわかるのは、自分の棺の扉が閉じられるときでしょう。
子どもと同様、身近にいるものへの愛情は、宿命的に知的理解の対象にできないからです。
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