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2022年09月07日19:03

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東北本線の廃線跡・・・

 今日は、友人に誘われて、もう1人の友人と3人でラーメンを食べに行きました。
 宇都宮市の北部、かつては上河内村と呼ばれた地区にあるラーメン店です。
 以前から噂は聞いていましたが、行くのは初めてでした。
 店に着いたのは午後1時を回っていましたが、それでも10分ほど待たされました。
 食べている最中にも、続々と客が入って来ました。
 福島県では喜多方ラーメンと並んで白河ラーメンが有名ですが、
 それを引き継いだ店のようで、
 サッパリ系のスープに、コシのある縮れ麺で美味しかったです。

 連れて行ってくれた友人は、かなりの鉄道マニアです。
 基本的には乗り鉄なのですが、鉄道の歴史を調べるのも好きな人です。
 明治時代に開通した当初の東北線は、10年ほど後に東に大きく振られて、
 現在の東北線になったとの事で、
 今でも残る東北本線の廃線を見せてもらいました。

 東北本線は、1885年(明治18年)7月16日に、
 大宮 - 宇都宮間が開通します。
 この時は、利根川に架かる橋の橋脚が完成していなかったため、
 利根川は鉄道連絡船で連絡していました。
 1886年(明治19年)、6月17日に利根川橋梁が完成し、
 上野 - 宇都宮間の全線が開通します。
 10月1日には、宇都宮 - 那須(現・西那須野)間が開通しますが、
 この時の宇都宮 - 矢板間は、現在の東北新幹線に近い経路でした。

 1897年(明治30年)2月25日、宇都宮 - 矢板間経路が変更されます。
 当時、同区間では西鬼怒川、東鬼怒川(現在の鬼怒川本水路)の
 2本の鬼怒川を渡っており、夏季の鬼怒川の大水に対する
 橋脚や護岸の補修費や時間がかかる事が問題化したため、
 その下流部の東西鬼怒川が合流し流路帯が狭くなる地点を渡る
 現在の経路に切り替えることになったためでした。
 その当初の東北線が残っている訳です。

 友人に連れて行ってもらった所には、農道のようになっていて、
 それと言われなければ分からないような感じでしたが、
 廃線跡が残っていました。
 もう1か所分かる所があると言うので、旧河内町の方に行ってみました。
 古墳の脇を細い道筋が直線的に残っていて、
 こちらの方が分かり易かったです。
 折悪しく、その時には雨が激しく降っていたので、
 車から降りて確認する事は出来ませんでしたが。
 ともかく、美味しいラーメンを食べられて、
 東北本線の歴史を教えてもらって、有意義な一日でした。


【今日の一句】
 ややこしや 双子の姉妹に 町で会い
 

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