捕鯨反対論者の言い分に、「鯨は知能が高いから」というものがあります。
この考え方に論外であるのは、
1 差別そのものである。
人種差別ももちろんですが、ほとんどレイシズムの学歴差別。「東大主義ではないから…」と反差別に偽装する「教養差別」は、もっとも唾棄するべき言い分です。
2 知能や知性は一面でしかない。
仮に、深いことを考えることが精神性だとします。用語も不適当ですが、暫定的に。個人でいうと、頭が明晰になっている時よりも、まどろんでいる時ではないでしょうか。算数の問題を当てられてもうまく解けないような精神状態のときです。
大学生に説明の問題をやらせました。
十メートルくらいの輪を、目隠しした五人組に持たせて、声を掛け合いながら、指定した図形を作らせるというワークショップです。
見事なほど、学業成績と関係がなかったです。
知的能力にも、大沢真幸や鷲田清一などの抽象的な評論を読む硬い力と、「右手で紐を掴んだまま、輪の中に入って。」などと表現して相手を理解させる柔らかい力の二つがあります。
(後者は国語力ではなく、抽象化能力です。数学の能力は一つでいいかもしれません。しかし、言語の能力は複数に分けて測る必要があるでしょう)
3 わからないのにわかろうとするという傲慢さ。
よく引き合いに出されるのは、ヨーロッパ人のオセアニア評価です。
数世紀前のハワイやサモアに行った宣教師たちは、地獄だと言います。性がルーズですから。
ところが、ゴーギャンを筆頭にした芸術家は、天国だと言います。自由だからです。
自分が�召任靴�ないのに、Yを知って評価しようというのは、とてつもなく傲慢なことです。
だから、「今は国際化した時代です。異文化の人を理解してコミュニケーションするべきです」などという答弁は感心しませんね。
国際化は、経済侵略の問題でもあります。
と同時に、文化の平準化と低レベル化の問題でもあります。
アメリカで握り寿司を食べるとわかります。
あの半分以上がサーモンだという上一人前にも唖然としますが、
もしそれを、「アメリカの美味を無知な日本人に教えた」と述べたら、気が遠くなるような勘違いです。
非常に貧しい、知能についての知見で、動物の精神を測ろうという傲慢な試みも同じです
■イワシクジラの生肉、最高値1キロ12万円 下関で初の競り
(朝日新聞デジタル - 11月16日 14:07)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6742340
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