学生時代、西武新宿線の都立家政駅の近くに下宿していました。
下宿と言っても、賄いはなくて、炊事場とトイレが共同の間借りでした。
2階に4部屋あって、持ち主の小母さんと息子さんが階下に住んでいました。
この4部屋の内の3畳間に2年間住み、四畳半に2年間いました。
僕が入った時の先輩がSさんとHさんでした。
Sさんが3年、Hさんが2年でした。
下宿の小母さんが元気なので、
一緒に行かないかとの話があったのが、2年位前の事でした。
もちろん、下宿は完全に建て替えられていて、現在は下宿人はいません。
しかし、コロナ禍でお伺いするのを躊躇っていました。
緊急事態宣言が解除になったので、行こうとの話がまとまり、
都立家政駅の前で待ち合わせて行って来ました。
それが一昨日のメインの目的でした。
小母さんは100歳になられたとの事でしたが、
足が不自由なだけで、お元気でした。
小母さんの歯切れの良い東京の下町言葉は全く変わっていませんでした。
それを聞いている内に、学生時代に戻ってしまいました。
息子さんもそのお嫁さんもいましたが、
そのお話では、介護保険の要介護にならず要支援だそうで、
息子さんたちの方が先に要介護になりそうだと笑っていました。
先輩2人と小母さんと僕の4人で、日光に行った事があります。
多分、長男が生まれた頃でしたから、35年以上前の事だと思います。
Sさんと小母さんは、それ以来会っていなかったような気がします。
Hさんは、同居人が他界した翌年、墓参りに来てくれたので、それ以来です。
しかし、そんな時間は一挙に吹き飛んでしまいました。
しばらく歓談した後、3人で都立家政の街を歩きました。
Sさんの歩く姿を見ていて、いかり肩のがに股歩きは全然変わっていないと、
Hさんと話して笑っていました。
お二人とも古希を超えていますが、若々しくお元気でした。
都立家政の街には、昨年の1月24日に、
新井薬師前の哲学堂公園に行った際に、チョッとだけ行きました。
その時、街の変化はある程度分かったのですが、
それでも2人の話を聞いて、昔の記憶が更に甦って来ました。
その後、高田馬場に出ました。
昔行った店を少し探しましたが、さすがに残っていなかったようで、
駅の近くの居酒屋で飲みました。
色々な昔話に、盛り上がりました。
Hさんは、よく歯を磨いていました。
すぐに新しい歯ブラシに替えてしまうのですが、
それを見たSさんが、まだ使えるではないかと言って使っていた話に、
そのシーンを思い出して腹から笑ってしまいました。
一昨日、Sさんは熱湯消毒していたと言っていましたが、
それは怪しいような気がします。
そのような次第で、またその内会う事を約束して、高田馬場駅で別れて来ました。
僕は上野駅に戻って新幹線で帰って来ました。
途中、意識が飛んだ瞬間がありましたが、
乗り越しせずに帰って来る事ができました。
【今日の一句】
お歳暮は 待てど暮らせど やって来ぬ
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