■ズバリ「座右の銘」ありますか?“YES”と答えた人の割合は…?
(TOKYO FM + - 10月21日 11:50)
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たまには、懐かしく昔を振り返ります。
自分の人生で最もきつかったのは、院生のころでした。
予備校を始めたころでもありました。
院生の、要するに勝ち負けを争うようなの(特に女性)が、ストレスフルでした。それも、自分が興味関心を抱けない、たとえばフェミニスムですとかのジャンルが嫌でしたね。
そのころの座右の銘は、「辛抱我慢」
といっても、今も昔も勝ち負けには関心がありません。だから今、「どうだ、ザマア見ろ」とは思えません。辛抱我慢は、ストレスに対してです。
2000年ごろに、翻訳書を出すなどということがありました。
本来の自分のジャンルとは全く違ったジャンルです。
ところが、世間の原本の無理解、他の人の原本の曲解などと戦わざるを得なかったです。
同時に、受験生を育てるという仕事を必ずしも無条件で肯定できなくなりました。
そのころは、「起きて半畳、寝て一畳。天下とっても二合半」
「辛抱我慢」も、「起きて半畳、寝て一畳。天下とっても二合半」も、一面の真理ではあります。辛抱しなければいけないときもあります。また、人間は同じように生きていくわけだから、好きなことをすればいい…とも思います。
ただし、一面の真理でしかありません。
もう、二倍働けば二倍収入が得られるとも、二倍社会に貢献しているとも言えません。
二合半の飯を老後に食える保証(保障)は、どこにもありません。古い価値観が無効化している時代であり、価値観を絶えず振り返って行かないといけません。
翻訳書を出すときに師から教わった言葉があります。それが現在の座右の銘です。
「曰く言い難し」と抑えよ。
急に結論を出すというより、ペンディングするべきだということです。
急に結論を出そうとすると、政治経済でいうと「MMTはインフレを招く」(まるで、栄養失調の人に粥をやろうとして、「糖尿になるじゃないか」と反対するようなものです)などの間違った結論になります。
この考えを採用して、副次的にわかったこともあります。
たとえば、人は無意識のうちに考えているということです。ペンディングして数か月後、素晴らしい理論構成になって甦ることもあります。怠け者の開き直りが入った、「一面の真理」ですが。。
こう考えると、座右の銘というのは、人に伏せるべきかもしれません、悩みや方向性がばれてしまうからです。
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