■「五輪、中止の選択肢もありえる」 都医師会長が見解
(朝日新聞デジタル - 06月08日 20:03)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6547688
「ありえる」とは、何事だ。
中止しかないじゃないか。
現実には、
選手村は酒飲み放題。
コンドーム配布
何で、選手村だけ密なんだ。
ここは、前にも述べたが、あらゆる差別を否定するというオリンピック憲章にも、法の下の平等を定めた日本国憲法にも反する。だからこそ、論外であるし、
政府や都のあまりの誠意のなさにあきれて、続々と酒類を提供する店が増えている。
コロナの防疫という観点から考えても、
PCR検査の偽陰性ということがある。選手村から感染拡大は、必至だ。
また、彼らは顎マスクで、渋谷あたりにナンパに出る。
絶対に、オリンピックを開催しなかったら防げた死者が出る。
それを、「中止のあり得る」とは。
中止を決めるのは、都知事なり政府なりだから、医師会会長は、「断固中止するべきだ」でいい。
…言語教育が立ち遅れていると思います。
たとえば、本多勝一(政治的な立場とは無関係に今紹介します。べ平連がどうした…という話ではないのでご注意ください)
の名著『日本語の作文技術』に、およそ次のような話があります。
<「蛙はお腹にヘソがない」というと、フランス人は「背中にヘソがあるのか」と思ってしまう。>
そういうところを教育しないといけません。
このケースでいうと、「中止もあり得る」というと、「中止しなくてもいい」という意味になります。
そういう言語表現についての省察が不足している人は、メディアで演説するべきではありません。
市井の庶民が冤罪で無罪を勝ち得たら、記者会見のときに、弁護士が同席して、わかりにくい質問を言い換えたり、本人の発言を誘導したりするではありませんか。
今後は、弁護士を連れて記者会見するべきですね。
(皮肉ではなく、本気です)
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