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2021年03月24日21:50

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あの注意決議で「晩節を汚した」と見られるようになったのは残念だが、怪我に苦しみながら生真面目に土俵に取り組んだ横綱だったと言えよう。

■横綱鶴竜が現役引退 優勝6度 5場所連続で休場中
(朝日新聞デジタル - 03月24日 14:17)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6458035
第71代横綱鶴竜(35歳)、ついに現役引退ですか。今日の13時過ぎ、日本相撲協会が鶴竜の引退と理事会での年寄「鶴竜」の襲名承認を発表との第一報が三段目の取組を放送するNHKBSの画面に速報として飛び込んで来て、このニュースを知りましたが、左足太腿の肉離れと言う別の要因であったとは言え、世間が、そして横綱審議委員会が、次なる五月場所を待ってはくれなかったと悟ったのかなと言うのが、このニュースを聞いた第一印象でした。
昨年の十一月場所後、白鵬と共に横綱審議委員会(横審)から引退勧告に次ぐ「注意」決議を申し渡された鶴竜ですが、年が明けて一月場所を腰痛で全休、今場所こそ土俵生活のすべてを賭け、「進退が問われる場所」として臨むとしていました。しかし、場所直前の稽古で左足太腿の肉離れを起こして初日から休場、5場所連続となったことで、理由はさておき、世間の味方はより厳しくなったと言うことのようですね。場所が始まった後も師匠の陸奥親方(元大関霧島)と話し合い、現役続行の意思を示し続けていたそうですが、日刊スポーツの報道
https://www.nikkansports.com/m/battle/sumo/news/202103240001136_m.html
によると、三日目に横綱白鵬が途中休場した際、横審の山内昌之委員が「横綱の番付が下がらないのは長期休場や成績不振と関係なく、無期限に地位にとどまれることを意味しない。白鵬は2日勝って休場したのだから、余力を持って今場所中に進退を決してほしいというのが個人的な意見」と発言したことが大きかったようですね。
次の五月場所に出る気が満々だったようで、今日も鶴竜は稽古場に姿を現したとのことですが、「最後は土俵に上がって終わりたがっていたけど、横審や周囲からの厳しい声があったのも事実。最後は横綱が決めたことだけど…」との部屋関係者の声も報じられていますね。
鶴竜の横綱昇進時の伝達式に使者として臨んだ協会の八角理事長(第61代横綱北勝海)は、報道陣の電話取材に開口一番、「よくやったんじゃないかな」とコメント、続けて「最後まで取ろうと思って努力したけど、体調を整えて場所に出るのが横綱の務め。それが果たせず残念でしょう」と、その無念さを代弁。その上で、「怪我がいろいろあったけど、よく頑張って真面目な横綱だったと思う。白鵬もそうだけど、最初に細い人はどうしたら勝てるかという勝ち方を体で覚える。押っつけたり、頭をつけたりと、そう言うことを覚えたのでは」と、技巧派として鳴らしたこの横綱を評していたようです。
平成26年の三月場所後の鶴竜の横綱昇進時、第63代横綱旭富士(現:伊勢ケ濱親方)から直近に昇進した第70代横綱の日馬富士まで厳守されていた「直近大関で2場所連続優勝」と言う昇進の条件を適用せず、「それに準ずる成績」として一月場所の14勝1敗での優勝同点(決定戦で白鵬に敗れる)と三月場所の初優勝をもって横審に昇進を諮り、満場一致で昇進が決まった鶴竜ですが、新横綱の場所は9番に終わり、暫くは10番から12番と今一つの成績にとどまって、翌年の三月場所で以前から痛めていた左肩の怪我が悪化し急遽休場、初日の取組に不戦敗して残りを全休、次の五月場所も全休して「休場の多い横綱」のイメージがついてしまった鶴竜でしたが、九月場所で横綱として初めて優勝(12勝3敗)、それを払拭したかに見えましたが、それから翌平成28年は怪我との戦いもあって9番から11番とパッとしない場所が続き、七月場所では途中休場もありました。十一月場所では腰痛を乗り越えて14勝1敗で優勝するも、翌年は怪我との戦いに戻り場所を全うできたのは三月場所の10勝5敗のみで、「休場の多い横綱」と言うイメージがさらに大きくなり、批判も見られるようになりました。
そのイメージを払拭したかに見られたのが平成30年で、一月場所で11番として復活を印象付け、三月場所では13勝2敗、翌五月場所では14勝1敗で連続優勝を果たしましたが、七月場所は初日から3連勝も四日目から連敗して六日目に右肘関節炎で休場、九月場所は初日から10連勝も十一日目以降の横綱・大関戦に全敗して10勝5敗に終わり、十一月場所は右足首の炎症で全休。翌年の七月場所の14勝1敗が最後の優勝で昨年の三月場所の12勝3敗が最後の皆勤場所となり、七月場所初日の遠藤戦が最後の土俵となりました。
昨年12月に日本国籍を取得、引退後5年間は自身の四股名で年寄を名乗れる横綱の権利を利用し、「鶴竜親方」として協会に残って、年寄名跡取得を目指すことになりましたが、明日(25日)に行われる予定の引退会見で何を語るのか、注目となると思います。
育ての師匠である井筒親方(元関脇逆鉾)が亡くなり、それに伴い井筒部屋が閉鎖されて元大関霧島の陸奥部屋に移籍と、近年は精神的な心労も重なったようで、加えて、コロナ禍で出稽古ができなかったことも大きかったとの声もあり、優勝6回(横綱で5回)、歴代10位の在位41場所の横綱でしたが、無念の思いを残したままの引退となったと思います。お疲れ様でした。
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