ここのところ三島由紀夫の事が、テレビやネットなどで取り上げられています。
彼が事件を起こし、自殺して50年目の節目の年を迎えたからでしょう。
今朝も下野新聞のコラムで話題になっていました。
ご承知の通り、50年前の1970年(昭和45年)11月25日は、
三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)を訪れ、
東部方面総監を監禁し、バルコニーでクーデターを促す演説をした後、
割腹自殺を遂げた、いわゆる三島事件の起こった日です。
この時、僕は高校3年生でした。
そして、この日、僕の高校ではマラソン大会が行われていました。
細かい事は忘れましたが、多分距離は15km程度だったと思います。
卒業も間近になった時期ですから、
一生懸命走るはずもなく、余り真面目ではない友達と
後ろの方からテレテレと走っていました。
長い距離なので、 途中の交差点などに、道案内の同級生などが立っています。
彼らは、暇なのでラジオを聞いていたのですが、
何か大きな事件が起こっているような事を伝えてくれました。
先に行く内に、三島由紀夫を名乗る人物が、
自衛隊の基地に殴り込みをかけたようだと言うような感じになりました。
詳しく知りたいと思いましたが、ラジオ放送を聞いている彼らからでは、
どうにも要領を得ません。
ともかく、急いでゴールしなければならないだろうとの事になり、
次第にスピードも速くなり、一生懸命に走り始めました。
ゴールした後に聞いたのは、
三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地に侵入し自殺したとの話でした。
その後、家に帰って詳細が分かりました。
市ヶ谷駐屯地は、現在は防衛省本省や統合・陸上・海上・航空幕僚監部があります。
事前予約制で、一般の見学が出来るので、2013年9月9日に行って来ました。
詳細は下記の通りです。
http://tennnennkozimitearu.seesaa.net/article/a64342533.html
駐屯地内には、市ヶ谷記念館として、三島が自殺した建物が残されていて、
事件の際の刀の疵が柱に残っていて、
上記ブログには、その写真もあります。
もっとも、この建物は1937年(昭和12年)陸軍士官学校の本部として建設され、
戦争中は、大本営陸軍部・陸軍省・参謀本部などが置かれていました。
更に、終戦後は極東国際軍事裁判の法廷として大講堂が使用された建物で、
日本の戦前から戦後にかけての多くの歴史の舞台になった建物です。
三島事件から50年を迎えて、あの時はと思い出す人も多いでしょうね。
今日、11月23日は大学ラグビーの早慶戦の日です。
今年はどこの大学も夏の合宿が出来ませんでしたが、対抗戦は行われています。
早稲田は、帝京大学、筑波大学に勝って、ここまで順調に勝ち進んでいます。
今日も22対11で勝ちましたが、
慶応のディフェンスが良くて、緊迫した好ゲームになりました。
次の早明戦が楽しみです。
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