娘の発熱で、大事を取りました。
第十一講 講義
※ 事情により、今週(22日火曜日、25日金曜日)は、Office365を使った講義にいたします。
参考文献
字音語
『日本の漢字』笹原宏之
『日本語の世界 日本の漢字』中田祝夫、林史典
漢字に関する参考文献をまだ出していませんでした。
背景となる漢文は、皆さんには必要がないでしょうから、日本語の現状における漢字は、上記の二冊が妥当でしょう
待遇表現
『敬語』南不二男
『敬語・慣用句表現論』宮地裕
上の二冊の問題提起は大きいですが、定説でない部分も含みます。
『国語学史 日本人の言語研究の歴史』馬淵和夫、出雲朝子
『馬淵和夫博士退官記念国語学論集』
『敬語の原理及び発展の研究』浅田秀子
「講座日本語学9 敬語史」森岡健二・宮地裕・寺村秀夫・川端善明(編)
「敬語がなぜ、日本でこれほど発達したのか知りたい」 というリクエストがありました。
私の考えは、下の通りです(ほぼ通説です)
日本の文学は、『源氏物語』などに明らかなように、宮廷を中心に発達しました。日本の言語は宮廷の言葉が元になったものです。
タイに行くと、誰しもが食事のあまりのうまさに圧倒されます。私もタイから帰国したとき、一週間も何を食べても不味く、たとえ寿司や焼き肉でさえも全く満足できませんでした。
タイで料理が発達した理由は、王様を女性のところに通わせるために、愛人である女性たちが、うまい料理を作れる料理人を雇い、料理を作らせたのがきっかけです。
日本の場合、それは詩歌などの文学でした。素晴らしい和歌などを詠める教養の高さを天皇にアッピールしました。相手が天皇ですから改まった言い方(敬語)が発達し、それが後世に大きな影響を与える、日本語の標準となったというわけです。
上に記した浅田秀子さんの説は、さらに踏み込んで神道の祝詞が敬語の起源だとしています。
この説がよくわかるのは、祝詞では「申す」などが、受け手である神を意識して使われていることが多く、クリアーに使われているからです。
また、(特に古代では)天皇は、神官であり、宗教の主催者という一面を歴史的に持っていたことも見逃せません。
「キリスト教だって、宗教ではないか…」という方もいると思います。しかし、旧約聖書は、ヘブライ語やアラム語など広い範囲で通じる言葉で書かれています。アラム語などは、エジプトやメソポタミアまで通用していました。
だから、今、「主よ、助け給え」と訳されている聖書の語句も、異文化を超えて通用させるために「神よ私を助けよ」と、単純で明快な形で記述されたと考えられます。したがって、日本という閉じられた世界では、独特な風習を元に敬語が発達しましたが、世界宗教の場合は、そういう発達はなかったと思われます
起源について特に興味がある人は、まず、浅田説をみてみることをお勧めします。
↓ は、文化審議会の2007年の答申(PDF)です。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_6/pdf/keigo_tousin.pdf
(Yahoo → 敬語の指針 文化審議会 で検索してください)15pの「向かう先」とは、受け手のこと。)
ここに書かれている
謙譲語2が、意見が分かれるところです。
「明日、叔母の家に参ろうと思います」などの言い方が謙譲語2とされます。
動作の受け手が叔母ですから、叔母を敬っているわけではないからです。
このパターンを謙譲語の誤り、あるいは謙譲語から丁寧語への用法の拡大と取る考え方もあります。
『迷った時にすぐ引ける勘違い敬語の辞典』西谷裕子
注意 謙譲語の定義が、謙譲語2として「へりくだる」を入れていて、通説と異なる点。(謙譲語1は、講義で説明した通り、受け手尊敬としている)おそらく、反対論が多い2007年の文化審議会の答申(前掲のサイト)に従ったからだと思われます。説明にも多少問題がありますが、例文の正確さ、使いやすさは、抜群です。
前回の課題の反省
1 今、皆さんの記述答案にコメントを書き込んでいます。今度、コメント付きのものをお返しします。
2 気になったこと
(1)「尊敬語、謙譲語の使い分けがわからない」という記述がありました。どのような意味でそう記述したのか、よくわかりませんが…
講義でお教えした通り、
尊敬語 … 尊敬する人の動作について。その人を敬う。
謙譲語 … 動作を受ける人を敬う
という定義しかありません。
決して、Aタイプの人には、尊敬語を使う、Bタイプの人には謙譲語を使う…といった使い分けがあるわけではありません。
だから、自分より偉い、看護部長と院長に対して、
〇「看護部長は、院長におっしゃった」
としても(部長を敬った尊敬語)
〇「看護部長は、院長に申し上げた」
としても(動作を受ける院長を敬った謙譲語)としてもいいです。
ビジネス畑のサイトには、相変わらず「へりくだる」「自分を低める」などとあります。何回も言うようですが、これは明らかに間違いですので、ご注意ください。
(2)よくある誤解ですが「あなた」は、敬称ではありません。
× あなたのおかげで発表が成功しました。
〇 一方ならぬご尽力を賜りまして、発表を成功させることができました。
などと、主格を省略した言い方がいいと思います。
「正しい口頭での日本語表現」
いよいよ、第十一講のテーマです。
日本語の表現は、次の三種に分けることができます。
A 文章語(書物の表現。書き言葉)
敬語は複雑で使いにくいものである。日本語の中でも表現が困難なジャンルであるから、正しい敬語を使うと社会的評価を高めることが多い。特に初対面の中高年の人物は、言葉遣いで他人を評価する場合があるから、厄介だ。
B 良い口頭表現(話し言葉であるが、良い言葉遣い)
敬語は複雑で使うのが大変だね。日本語の中でも難しい分野だから、正しい」敬語を使うと高く社会的に評価されることが多いね。特に、年配の人は初対面の人を言葉遣いで評価することがあるから、面倒だよね。
C 悪い意味での俗語(避けなければいけない悪い言葉)
敬語って、基本、面倒っちい。いろんな日本語の中で、超むずい。なので、正しい敬語を使うと、受けがいい。あったばかりのオヤジやおばちゃんは、言葉遣い、言葉遣いばっかいうから、嫌だけど。
文章語は、戦後すぐまでは、文語のことでした。
漢文書き下し調や和文体、和漢混交文などです。
われわれは、高校の古典で漢文を習います。その重大な理由は、奈良時代以前から戦前まで公文書は漢文あるいは、漢文書き下し文で書かれていたからです。
公文書だけではなく、評論も同じです。たとえば芥川龍之介は『羅生門』のように口語で小説を書きましたが、新聞に寄せた時代風潮を批判する評論(たとえば関東大震災は天罰ではないから委縮する必要はないという趣旨の短い文)は、漢文書き下し文で書いています。
刑法に至っては、何と平成七年まで、「人ヲ殺シタル者ハ、死刑、無期マタハ五年以上ノ懲役ニ処ス」などと、漢文書き下し調(厳密にいうとそれに非常に近い文体)で書かれていました。
漢文書き下し文は話し言葉と違うと一目でわかりますが、現代のAの表現はBとあまり差がないようにみえますので区別があいまいになっていますが、話し言葉ではありません。
文語というと、漢文書き下しのような、古文に出てくるような言葉を指してしまいますので、使い分けには注意が必要です。
次のような考えは、誤りです。
× 口頭で会話する場合、友人と話しているような言葉を使っていい。
見知らぬ人や目上と話をする場合、友達と同じような口調ではいけません。俗っぽいので、甚だしい場合は、信頼を失うからです。
× 見知らぬ人や上位の人と話す場合、文章語を使わなければならない。
文章語とは、書き言葉です。会話は評論や論文ではないので、書き言葉を使う必要はありません。評論の文章のような話し方をすると、かえってよそよそしい印象を与えてしまいます。
× 俗語を使ってはいけない
友達同士では、どういう言葉遣いで話しても自由です。
目上や見知らぬ人には、Bを使い、Cを使わないようにするということですが、やはり 誤用をPCにメモしておくことと、俗語が生成される(出来上がる)原理を知っておくことが大切です。
メモの例
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敬語
× お読みになられる 理由 二重尊敬
× お食べなさる 理由 用例がない
………
悪い意味での俗語
× なので 理由 「それなので」などの省略形
× ばっか 理由 「ばかり」の促音便
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悪い意味の俗語の生成原理
1 省略と音便と縮約
じゃ・から・なのに・〜で・でも・〜だな・っちゃう・ばっか・てっか・ちゅう・つう
2 流行
あけおめ・KY・「鬼…」(「現役で東大なんて、鬼ヤバくねえ」など)・「…る」(「タピる」など)
3 ネットスラング、ツイッター語、ショコタン語など
いってよし・草・ググる・JK・ワロス・キタ〜〜
4 文法的破格
みたく・学校な友達
「読んでる」などの、い抜き言葉
「教えれる」などの、ら抜き言葉
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