甲子園出場は、あまりにもインパクトがあります。
実は私の高三のときに、母校が甲子園に出場しました。
スポーツ新聞の評価は、四十数位の実力とか。残念ながら一回戦で負けました。
ひと夏の間、大騒ぎだったことを覚えています。
夏休みに高校に行くと、みんな、応援のときに振る玉作り。
合成樹脂の、平たい荷造りのひもを短く切って束ねて、くしで解かすと、あのボサボサの玉が出来ます。
応援団やブラスバンドだけではなく、みんなが仕事を持って舞い上がっていました。
校長が定年の歳でした。新潟県の校長は、新潟高校か長岡高校を最後に退職するのが最高だとされています。「もちろん私の貢献はゼロだが、教員最後の年に、長岡高校で、東大と甲子園を同時に出した私は、つくづく幸せな校長だ」とおっしゃりました。
甲子園のお蔭で、東大や東北大の合格者は減った…というのが、定説ですが。
いまだに同窓会では、その時のスライドが写されます。
一昨年は、県大会で破った新潟高校の投手(NHK大越健介キャスター)の写真まで、会場(新宿の京プラ)に写して、みんな、爆笑するありさま。大越さんは、あの弱っちい東大の野球部で八勝を挙げていますから、うちの野球部もかなり強かったのかもしれません。
キャプテンののF君は、立教に進みましたが、なぜか野球部に入らず、六大学リーグとは無縁でした。
まあ、こういうのを考えると、甲子園は選手以外の人を幸せにするイベントだとわかります。
しかし、その価値はあくまでも、部活動という学校行事の一環だからです。
普段、プロ野球には見向きもしない人がテレビにかじりつくのは、そのせいでしょう。
だから、連投させて選手寿命を縮めるなど、論外。
学校の名前で戦うのですから、たとえば、投手を三人登録させて、ローテーションを義務付ける、一試合当たりの上限玉数を決めるなどするべきです。
選手寿命だけではありません。
三回戦敗退程度のチームに、大谷翔平が、四番ピッチャーで入ったら優勝するかもしれません。これではチームプレーとは言えません。
県外から選手を集めるのは、全国から志望者が集まる灘や開成を考えればセーフかもしれませんが、
奨学金や推薦枠などで釣るのは、論外。
張本さんは、老害だと言われる人ですが、テレビは、視聴率稼ぎの、プロレスの悪役のように思って使っているのかもしれません。
ああいう爺さんが憎しみを買うことで番組が盛り上がります。
私は、張本さんは正直は人だから好感を持っています。嫁を貰いに行って、ああいう親父が出てきたら嫌ですが(笑)
テレビなどはそんなもの。
また、国内の多数決の原理もそんなものです。選挙で議席を得たN国に丸山穂高が入党したことを考えればわかります。
今回のダルビッシュの発言をみると、改革は、国内のメディアではなく、海外の世論や海外経験のある日本人が行うような流れになっていると思います。
226事件の青年将校たちが改革できなかったことを、マッカーサーがいとも簡単にやってのけた…
そういうことを連想します。
張本勲の監督批判にダルビッシュ有「コーナーを消してください」 長友佑都も苦言「非常に残念」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=5726549
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