京都アニメーションの事件ですが…
「小説をパクられた」と思い込んだにせよ、ガソリンをまいて関係がない人を殺すというのは、強い憎しみあっての行為です。
憎しみとは何でしょう。
長い人生で様々な経験がありますが、相手に期待するという気持ちの裏返しではないでしょうか。
論外の他人がとんでもないことを仕出かしても、われわれはあまり怒りません。
むしろ、期待していた同僚など、割合と近い距離の人が道義に反したことをすると怒るのではないかと思います。
犯人は、社会との関係性を求めていた、しかし、地域社会はもちろん、更生施設や精神科医、行政などを通じて、それが得られなかった。棄民だったということでしょう。
騒音問題などで悶着を起していたそうですが、騒音トラブルは、他人に関心を持つからこそ起きるものです。今、住んでいる、戸建て密集地域では、起きません。むしろ、マンション(赤の他人でも物件を共有しているから)でこそ、起きます。
こういう事件は、高度成長以前に起きていません。
吉展ちゃん事件後の、『サザエさん』に、子どもに声を掛けた波平が無視されるというエピソードがあります。
確かに、私が小さいころも、親や先生から、「知らない人は無視しろ」と教わりました。
波平も悲しい思いをしています。
しかし、もしも声を掛けたのが出所者だったら…中野重治が『歌の別れ』で描いているように、激しく傷つくでしょう。
リスクがあるものは避け、見て見ぬふりをする。
たとえば、(私は反対ですが)死刑だって、惨酷ではなく、抑止力があると本当に思うなら、
東京ドームで執行して、小学生の社会科見学のコースに組み入れればいいです。拘置所の中でこっそり首を絞めて、引き取り手がなければ、敷地内に葬って、申し訳程度に観音様を建立する。だから、意味はありません。
そういう安易な風潮が社会に蔓延し、出所者に対しては、知らないふりをする。代替となる社会制度の整備も遅れる…
そんな流れで、起きるべくして起きた事件でしょう。
だから、秋葉原の加藤事件と共通点があります。
■京アニ放火事件、青葉真司容疑者に逮捕状 京都府警
(朝日新聞デジタル - 07月21日 00:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5714782
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