「けものフレンズ」と「けものフレンズ2」、何が違うかといわれたら「世界観」。
たつき監督が描いたのは、いろいろなフレンズがいる不思議な「ちほー」、そして廃墟的な遊園地施設といった不思議な「ジャパリパーク」という世界。
サバンナ、砂漠、ジャングル、高山・・・といったいろいろな環境があって、その中で魅力的で個性的な登場人物が動いていた。
次はどんな「ちほー」なのか、どんな「フレンズ」が出てくるか、そこからどんな「お話」が紡がれ、発展していくのか、楽しむことができた。これは西遊記などの「優れたフィクション」と同じ「楽しみ」だ。
そして、奇想天外なことがあっても、そこに唐突感はなかった。
こわいことがおきても、優しい世界の中に、仲間となったフレンズがいて、安心して見ていられた。
せるりあんも、敵や悪者ではなく、天災や災害のように「みんなで助け合って乗り越える」ものだった。
「けものフレンズ2」はどうだっただろう。
そこに「ちほー」はなかった。みんなで力をあわせて橋をつくったり、バスを直したりといった知恵と工夫、優しさはあまり見当たらない。アライさんやフェネックのような謎の登場人物もいない。
それなのに、妙な「唐突感」があったりする。奇想天外と唐突さは紙一重なのだが、ヘタすれば作品は台無しになる。「お客さん」から見て「なにこれすっごーい」は高い評価が得られるが、「なんだこれ?」が評価されることはない。
順番に謎が解き明かされていくこともない。
ぶっちゃけ、悪い意味での「ジュヴナイル」になってしまっている。お子様は喜ぶかもしれないが、無理に作った寓話では「大きなおともだち」「お客さん」の多くは納得できない。
「けものフレンズ」はジャパリパークという「世界」の中、いろんな「ちほー」の中でかばんちゃんやサーバルちゃんたちが「ぼうけん」をしていた。仲間たちがいて、だんだん世界の謎が見えてきたり、解き明かされていくお話だった。
そして「海の向こうにはどんなちほーが、どんな冒険がまっているんだろう」という期待を感じさせて終わっていた。
「けものフレンズ2」ではキュルル、カラカル、サーバルといった登場人物がいて、いろんなフレンズはいた。動物たちの向こう側には背景がかかれていた。いろいろなちほーに適応し、そこで暮らしている魅力的なフレンズではなく、人型の動物が出てくるジュヴナイル(子供だましといってもいい)になってしまっていた。
前作の期待はただ、失望に変わってしまった。
誰が悪い、という気はない。
ひたすら「もったいない」だけだ。
ただただ、残念だ。
「けもフレ」SNS炎上社員は異動、テレ東経緯説明
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5596566
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