つぶやきにも書いたけど、ワシが医師免許をとったころ
「人工妊娠中絶は23週6日まで」となっていた。
つまりそれより前に生まれた赤ん坊は助からない、という意味。
その後医学の発達により21週6日までとなり、22週以後の赤ん坊は
助けるために最大限の努力をするのが当たり前になった。
ワシの弟は前にも書いたが36歳で脳腫瘍で死んだ。
その弟の娘が今22歳、その子が5歳のときに
弟の奥さんが23週6日で破水した。
とりあえず救急車が仙台市立病院に入った。
ワシは母校の東北大学に連絡して、もし助かるものならたすけてほしいと言った。
仙台市立は悪い病院ではない、当時も今も。
でもその当時、「23週6日まで」は助からない、助けなくていい、という
考え方の年よりが主治医になり、ワシのめいっこになるはずだった赤ん坊は、
何の医療も受けられず誰の助けもなく、
単純に死産した。
大学では帝王切開の準備をして、今か今かと待っていた、とあとで聞かされた。
医者の思い込みは、こわい。
どんなに偉い医者でもそれがある。
人工妊娠中絶の期限が変わったのはその事件よりずっと前なのに、
主治医の頭の中は昔のままだった。
ワシは、その赤ん坊がこの子と同じように助かった、と信じてはいない。
ただ、何かできることがあるならしてほしかっただけだ。
主治医は何もしなかった。
ワシは、遠い北の国から死産終了後に到着し、
主治医の説明を求め、その席で年上のその医者をさんざんに罵倒した。
もちろん医学用語を使って相手を責めただけで、理不尽なことは何も言っていない。
ただ、聞いていた弟夫婦にも、ワシの怒りは伝わったと見えて
話のあとで「ねえちゃんがあれだけ言ってくれたらいいかな、と思った」と言われた。
弟はその翌年の夏に死んだ。
弟のことでは、看病のこととか今でも後悔していることがたくさんあるが、
あの言葉を思い出すと、弟は少なくてもひとつは自分に感謝してくれたと思う。
感謝しても死産しためいっこは帰ってこないけど。
今回の話をもし弟が天国で聞いたら
小さく生まれてそのまま天国に行っためいっこを抱いて
「ほら、おまえと同じ大きさの子が助かる世の中になったよ、よかったね」と
言っていると思う。
268gで生まれた赤ちゃん退院
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5514478
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