統合失調の人を何人か知っています。
奇矯な言動をしますが、
しかし、日ごろ持っている人格の延長が現れているとしか思えません。
仮に植松が何らかの精神疾患を抱えていて、刑事責任が問えないとしても、ベースとなる人格に問題があったと思います。
では、人格に対抗できるものは何か。持って生まれた悪い性格を矯正できるものは何か。
それは、教養と体験です。
たとえば、大学生時代にアルバイトする。
私の経験では、もっとも良質な読書家は、不安定な職を転々とした人でした。もっとも質が悪いのは、底辺の塾の先生でした。
好きで本気を出して読むことと、単位を取るために流し読みをしたのでは、天地の開きがあります。
また、植松の考える「生きる価値がある人」とは、一橋大学から、三井××の管理職になっているような人でしょうが、働くということと社会に貢献することとは違います。そういう人の、あくまでも一部には、今すぐ死んでくれた方がいい…という人もいます。
また、派遣村叩きではないですが、本当に恵まれ、活躍している人は、何かを叩くという行為をしません。
ニートなどに異常な関心を持つのは、自分が満たされないから反作用として弱いものを見つけているのでしょう。典型的なイジメの構造です。
そもそも、我々は人間の価値を判断できるほどの能力はありません。
公費の無駄と言いますが、裏を返せば、雇用の創出であり、公序良俗の確保です。
特殊な人が出た…というより、こんなに若者がアフォになっているんだ…というのが、率直な感想です。
■相模原殺傷事件から1年7か月、植松被告人は今なにを思う〈面会記〉
(弁護士ドットコム - 03月15日 10:12)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=149&from=diary&id=5027710
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