先日の広島城見学の続編です。
今回は復元された「二の丸」を紹介したい。
広島城の本丸は内堀に囲まれ、土橋で「二の丸」に繫がり、「二の丸」から木橋で「三の丸」に繫がっている。
1989年の広島城築城400年記念事業として「二の丸」が戦前の図面をもとに当初の工法(木造)で江戸時代の姿に復元された。
復元されたのは西面中央の表御門、南西隅の平櫓、南東隅の太鼓櫓で、さらに平櫓と太鼓櫓をつなぐ多聞櫓及び、西側の土塀となっている。
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「二の丸表御門」
「二の丸」の大手門で毛利時代の創建とされる。
また、上部の櫓の柱や桁、長押は古式意匠となっている。
↑(TOP左画像)
木橋と表御門、平櫓
・TOP右画像
内堀から見る「太鼓櫓」と「多聞櫓」
すべて入母屋造、本瓦葺。
軒裏、壁は総漆喰(しっくい)仕上げで腰は下見板張となっている。
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「平櫓」
6×4間一重の構造。
「多聞櫓」
35×3間の一重構造。
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「太鼓櫓」
上重3×3間、下重4×4間の二重構造。
その名の通り、櫓の二階には時を知らせる太鼓が吊られていたと言う。
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「太鼓櫓」の内部
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「多聞櫓」の内部
内部に柱や梁丸太、小屋組を見る事が出来る。
広島城は広島の戦後復興の象徴である事から復元されたが、天守閣はコンクリート構造です。
しかし、「二の丸」の櫓や門は木造で復元されて当時の景観を取り戻している。
いつの日か天守も小天守を含めて木造の完全復元を期待したい。
つづく
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