中川智正
土谷正実
新実智光
広瀬健一
岡崎一明
こいつらは、神秘体験が入信の原動力になっています。
考えてみれば、神秘体験について、我々は何も教わっていません。
頭からないと思い、視野から消し去っています。
しかし、
1 神秘体験は存在する。
2 神秘体験には、多様な定義と考察が可能である。
3 神秘体験の意義付けの貧弱さ。
これらについて、
上下に分けて論じたいと思います。
まず、
神秘体験は、ぼくもしたことがあります。そのうち、ほんの一つだけをお話ししますと、
ある新興宗教教団から誘いを受けて、式神を飛ばされました。
ところが、こっちは、霊能力こそゼロですが、仏教系の知識はあります。式神を、安倍晴明のように相手に返すと相手は死ぬのだそうですが、そんなことは知りません。撃退で手いっぱいでした。
そこでどう考えたか。
どうも考えませんでした。
キリスト教には、悪魔が存在します。仏教や神道にも同様なものがあります。
信じないと救われない善行よりも信仰が第一条件であるキリスト教とは違い、なぜ信仰が第一とされるかは重い問題ですが、それを考えないとしたら、その新興宗教の神が本当の神であっても悪魔だとしても、事態は全く変わりません。今まで通り善良に生活すればいいだけです。
その神秘体験は、ある/ない の単一のパラメーターで考えられています。
実はそんなことは、全くありません。
私が体験した××教団だけではなく、実に多種多様な背景をもった多様なものがあります。
ところが、世間には、ある/ない の単一のパラメーターしかありません。だからこそ、オウムにしかないと考えたのでしょう。
その前に、「そんなことはありっこない」と多くの証言や伝承を退けているから、ますます、オウムだけと思ってしまいます。
今回、死刑に処せられた麻原以外の死刑囚は、死刑の是非(私は死刑反対です)は置くとしても、重い刑事責任を取るべきだとも、取るべきではないとも考えられるでしょう。いろいろな意見があり得ます。
私の考えは敢えて伏せます。
しかし、
神秘体験についての教育が普及していないことは、指摘しておかなければいけません。
同様に、インチキ商法などの知識も普及していませんが(最近は、一部の中学校などで授業が始まっているようです)、インチキ商法は、小はインチキなりすましサイトやyahooオークションの詐欺から、大はマルチ商法まで、巷にあふれかえってます。ですから、相当、世情に疎い人でも、それとなく知っていますが、何しろ、神秘体験はないことになっていますからね。。
神秘体験がないことになっているからこそ、対策が知られていなく、オウムの信者たちは飛びついた。そういう事件でしょうね。
臭いものには蓋をする。
これが近代の最も悪い点の一つです。
汚水は下水に流せばいい。
それどころか、核廃棄物まで、流されています。
自分の視野から消えれば、一件落着。
童話作家のアンデルセン(1805〜1875)は、小学生のころ、校長に引率されて死刑執行を見学したそうです。
死刑が本当に残酷でなく、必要ならば、銀座のホコ天か東京ドームで、中川智正らの執行を見せて、小学生にも社会科見学させればいいと思います。
オウム元幹部ら執行直前に謝罪
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=5217439
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