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2018年05月06日22:08

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ドイツ兵員輸送船「ヴィルヘルム・グストロフ」着工

ドイツ兵員輸送船「ヴィルヘルム・グストロフ」を建造しよう。
キットは14年前に購入していたレジン製のHPモデル

・左画像
パッケージ
ドイツ客船「ヴィルヘルム・グストロフ」(1/700)
キットは1945年最終時の状態。

・中画像
キットには3種(1938年〜1945年)の年代別に側面図が用意されているが、平面図が無いので困る。

・右画像
レジンパーツの全容
キットの船体全長は29.3cm
レジンキットなのでいつも心配させられる船体に反りは無かった。
しかし、残念ながら上構のボート甲板やブリッジ甲板は歪みがあるので使用できない。
また、マストやボート架台等の細いパーツはすぐに折れてしまうので使用しない。


さて、「ヴィルヘルム・グストロフ」がどんな船なのか?
知らない方が多いと思うので解説しておこう。

本船はドイツのナチス党が一般市民に安価な海外旅行を提供するために建造した客船で1938年3月に竣工。
大西洋岸、地中海、ノルウェー・フィヨルド各海域をクルーズ。

しかし、1939年9月にドイツ海軍が徴用し病院船に改装。
病院船“D”として就役し、ポーランド及びノルウェーからドイツへ傷病兵輸送に従事。
その後、1940年11月、病院船の設備を撤去し、潜水艦訓練部隊の兵営施設として繋留。

1945年1月、ソ連軍の猛攻(東プロイセン攻勢)による傷病兵や民間人200万人を客船や貨物船、軍艦などあらゆる船を動員してドイツ西部へ海路脱出する為の海上避難輸送計画「ハンニバル作戦」が発動される。
「ヴィルヘルム・グストロフ」も同作戦に投入される事となり、1月30日にゴーテンハーフェン(現ポーランドのグディニャ)の港から東プロイセンの避難民や傷病兵を乗せて出港。
しかし、ソ連潜水艦S−13に発見され、魚雷攻撃により「ヴィルヘルム・グストロフ」は沈没。
その生存者は1,216名で犠牲者は9,343名となる。
犠牲者のほとんどが一般市民で、半分以上が子供とされる海事史上最大の犠牲者を出している。

こんな悲惨な船歴を知った上で製作すると本船への興味と模型作りの面白さが倍増する。
つづく
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