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2018年01月18日00:08

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四国遠征−78/徳島・金泉寺

すでに先週になるが、仕事で徳島へ出向いた。
・・と言うのも昨年12月に徳島へ訪れた際にここの商談物件が決まった為である。
今後も仕事で再訪する予定になっている。

さて、帰社する際に板野IC近くの「金泉寺」(こんせんじ)へ寄り道した。

山号:亀光山
宗派:高野山真言宗
本尊:釈迦如来
正式名:亀光山 釈迦院 金泉寺
札所:四国八十八箇所3番

寺伝によれば天平年間(729年〜749年)に聖武天皇の勅願により行基が本尊を刻み、「金光明寺」と称する。
弘仁年間(810年〜824年)に、空海(弘法大師)が訪れた際には水不足解消のため井戸を掘り、黄金井の霊水が湧出したことから寺号を「金泉寺」としたと言う。
また、創建は寺伝によると奈良時代にさかのぼると推定される。

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↑(TOP左画像)
「山門」(仁王門)
三間一戸楼門の入母屋造

・TOP中画像
「大師堂」

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「観音堂」
六角形の建物が中々イイ。

次に、このお寺で話題の見所は・・

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「黄金の井戸」
この井戸を覗き込み、影がはっきり映れば長寿、ぼやけていると短命という言い伝えがある。
覗いてみたが、水位が低く暗くて何も見えなかった。あせあせ(飛び散る汗)

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「弁慶の力石」
源義経は平家追討の命を受け、讃岐国屋島へ向う途中「金泉寺」に立寄り、戦勝開運を祈願。
その時、家来の弁慶が自らの力量を披露するために、この巨石を持上げたと伝わる。

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「近藤六親家の義経軍先導図」
元暦2年(1185年)2月、源義経は阿波に上陸。
平家の屋島攻略の為、近藤六親家が義経を道案内した。

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↑(TOP右画像)
「多宝塔」
ところで、ここを訪れたのは塔建築を見学する為だった。
しかし、朱色の鮮やかな「多宝塔」は美しいが、近くに寄ってみると・・何とコンクリート製の塔建築だった。
これでは建築価値はまったく無いexclamation ×2 残念むかっ(怒り)


・過去の関連日記
四国遠征−77/徳島・井戸寺(2017.12.1)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1963930085&owner_id=8437995
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