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2017年08月23日05:14

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四国遠征−57/湯築城資料館

今度は「湯築城資料館」を見学しよう。
湯築城の搦手門(からめて門)から入った場所に建てられている。

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↑(TOP左画像)
「湯築城資料館」
発掘調査の概要や河野氏の歴史、武士の生活を解説し、出土品を展示。
また、映像モニターで発掘、復元整備状況を紹介してくれる。

・TOP中画像
ここは道後温泉に近いので浴衣姿の女性客が見学していました。目手(チョキ)

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「湯築城跡の城郭ジオラマ」
中世の城郭です。
外堀と内堀、二重の土塁を巡らし、天然の地形を利用して作られた平山城なのが良く分かる。

・TOP右画像
床下に庭園区で発見されたゴミ捨て穴=最大土坑を復元
この穴から1万点を超える遺物が出土している。

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朝鮮、タイ国(赤矢印)の陶磁器

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中国の食器(陶磁器)

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備前焼の壺、すり鉢
美濃焼の天目茶碗

これら多くのの出土品を見ると海上交通により広域に流通していた事が分かる。
瀬戸内海の海賊衆との深い関わりの証(あかし)とも言える。

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「湯築城」周辺の城マップ
「湯築城」を中心に河野一族やその重臣によって城郭網を形成。
北方に連なる高縄山系に3城を配置して背後の攻撃に対処。
西方に広がる伊予灘を臨む海岸線の5城で海からの攻撃に備えている。
また、東・南方には重臣クラスの国人による山城・城館(5城)を配置していた。

次に「湯築城」の南方エリアでは多くの居住区跡が発見されている。
つづく

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