岐阜城見学の続編です。
天守がある山頂の曲輪は約14m×9mほどの平面しかなく非常に狭い。
しかし、ここ金華山の周囲は急坂、絶壁が多く天然の要害を形成しており、東海道と東山道の要路を制する交通の要地である。
信長は「小牧山城」から本拠をここに移し、天下統一を目指す事になる。
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「岐阜城資料館」
「天守」のすぐ東には昔の武器庫、食糧庫を昭和50年に復元。
イベント用の展示スペースに利用している模様。
それでは「天守」に入ってみよう。
↑(TOP左画像)
「岐阜城天守」
昭和31年に復興された城で棟高17.7m、鉄筋コンクリート造、三層四階構造。
岐阜市民のシンボルになっている。
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「お城時計」
これは天守入口に設置された江戸時代前期の櫓時計で大名時計、和時計とも言う。
ちなみに西洋の機械時計が日本に入ってきたが、操作が複雑な為に日本の時計師が工夫と改良を重ねて日本独自で十二支の目盛りとする櫓時計を製造。
その精巧さは世界一だったと言われる。
↑(TOP中画像)
「天守」の館内展示
兜や鎧、刀剣、火縄銃、鉄びし、吹き矢、望遠鏡、地球儀、天目茶碗、掛け軸、絵地図等、多数を展示。
複製品もあるが中々充実した収蔵内容でした。
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「斉藤道三像」と「織田信長像」
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1992年に放映されたNHK大河ドラマ「信長」で濃姫役の菊池桃子が演じた時の打掛衣装。
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天守の最上階は望楼型の廻縁により外から回遊出来る。
したがって、壁や窓枠等、一切の障害物が無いので最高の景色を満喫できる。
↑(TOP右画像)
「天守からの眺望」
眼下には鵜飼で有名な長良川が岐阜市内を貫流。
東は恵那山、木曽御岳山、北は乗鞍、日本アルプス、西は伊吹、養老、鈴鹿の山系が連なり、南には濃尾平野等、雄大な姿が眺望できる。
その景色は最高です。
「天守」内部の見学を終えて次は・・つづく
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