次に「天守台」を見学しよう。
「駿府城」の天守は寛永15年(1638年)の場外火災の引火により焼失。
しかし、徳川家による江戸幕府においては戦や権威のシンボルとしての天守は必要なく再建されず。
また、天守台は明治政府で陸軍歩兵連隊設置に伴い取り壊されている。
↑(TOP左画像)
「駿府公園」
広大な「本丸」周辺は「本丸御殿跡」になる。
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「徳川家康公像」
↑(TOP中画像)
「駿府城跡天守台発掘調査現場」
昨年から平成30年度に掛けて天守台と本丸堀の遺構調査を実施している。
31年度からは今川期の遺構も調査する。
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発掘現場の一般公開は無料で見学出来る。
また、調査資金の寄付金を募集している。
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「発掘情報館きゃっしる」
プレハブ小屋内(左)で解説板や発掘品を展示。
入口で開場時間の朝9時を待った。
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発掘された瓦や石塔等。
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「本丸堀」(内堀)を埋め立てる際に天守台のほとんどを取り壊し、その石垣や土砂を埋めている。
また、今川期の遺構もその下に眠っている。
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平成28年から31年度における調査範囲
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天守台のイメージ図
↑(TOP右画像)
発掘された「天守台」の石垣
すでに北側の両隅部が確認されている。
その石垣は打ち込み接(うちこみはぎ)の積み方なのが分かる。
この地方の石垣は崩れ掛けており非常にもろいようだ。
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掘り起こした盛り土の山
次回は坤櫓(ひつじさるやぐら)を紹介しよう。
つづく
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