熊本地震から一年の、この日に相応しい音楽は、と思ったらチャイコフスキーの最後の交響曲
である6番「悲愴」を選んだ。チャイコフスキーの「悲愴」に出会ったのは手塚治虫の影響が
大きい。『ジャングル大帝』を描きながら聴いていたそうである。感覚的に終楽章の
嘆きのアダージョは作品と適合すると思われる。
生演奏では1回だけ聴いた事がある。神戸フィルハーモニック第70回定期演奏会で朝比奈千足
音楽監督の指揮であった。朝比奈さんが嘆きのアダージョを指揮棒を持たずに振っていたのを
覚えている。
今日はカラヤンのCDを聴いた。1・4楽章を聴いたが、嘆きのアダージョが、とても速い。
カラヤンの指揮は速い、というのは定説なのであるが。
朝比奈さんは「悲愴というのは単に悲しいのではない。喜怒哀楽、感情全てである。」と仰った
けれども、今日ばかりは同じ地震を経験した者として悲しみを共有したいと思う。
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