今日のネットのニュースによると、
天皇陛下が退位を希望されていることを受け、
政府は、平成31年(2019年)1月1日に、皇太子殿下の天皇即位に伴う儀式を行い、
同日から新元号とする方向で検討に入ったとの事です。
国民生活への影響を最小限とするには元日の譲位が望ましいと判断したとの事で、
具体的には、平成31年元日、国事行為である
「剣璽等承継の儀」(三種の神器等引き継ぎ)と
「即位後朝見の儀」(三権の長らの初拝謁)を宮中で行い、
官房長官が速やかに新元号を発表する方向で検討していると報じられています。
現在、元号と西暦といずれを使う人が多いのか、分かりませんが、
僕の周囲では、確実に西暦が増えているような気がします。
しかし、官公庁などの公式文書は依然として元号が正式です。
国際化の流れの中で、改めて元号の使用について考えてみる必要があると思います。
もっともそこまで詰めていたら、
退位に関する法整備が出来ないと言うのも分からない訳ではありませんが。
西暦の方が、何年前の事なのか、簡単に計算できるメリットがあります。
そのため、現在でも昭和92年と使っている人が知り合いにいますが。
この何年前かの計算の仕方を、
西暦を知らなかった江戸時代の人達がどのようにしていたのか、
以前から僕は不思議でなりません。
芭蕉が奥の細道に旅立った1689年(元禄2年)は、
芭蕉が崇拝する西行の500回忌にあたるとされています。
西行は1190年3月31日(文治6年2月16日)に亡くなっていますので、
正に500回忌になる訳なのですが、
その500年間に、幾つ元号が変わったのかも分かりませんし、
それぞれの元号の長さもまちまちです。
芭蕉が計算したのか、あるいは外の人が計算したのか分かりませんが、
どうやって計算したのでしょうね?
どなたかご存知の方がいらっしゃったら、教えて下さると有り難いです。
ログインしてコメントを確認・投稿する