以前に訪問した「御津町郷土歴史資料館」がきっかけで「金川城跡」を訪ねてみようと予てより計画していた。
そこで、昨日はやっと休日が取れたので歴史ファンの友人T氏を誘って登城した。
ここ「金川城」は岡山市北区御津町にある旭川と宇甘川が合流する地点の北西にある臥龍山(標高221m)の山頂に築かれている。
築城年代は定かではないが、承久年間(1219年〜1222年)に松田盛朝によって築かれたと云わる。
戦国期は永録11年(1568年)、宇喜多直家が攻めて松田元輝・元賢が討死して落城し、松田氏は滅亡。
宇喜多氏は浮田春家を城主にする。
関ヶ原合戦後は宇喜多氏から小早川秀秋が備前に入国。
その後に池田氏が入封するが一国一城令(1603年)により廃城となっている。
↑(TOP左画像)
金川城跡の臥龍山全景
金川城は別名「玉松城」とも呼ばれ、中世の複合連郭式山城である。
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[妙覚寺]付近からの登山口
七曲神社の境内に車を停めて登城を開始。
入口付近には「難波宅跡長屋門」が残っているので中々情緒がある。
・TOP中画像
日蓮宗不受不施派の総本山「妙覚寺」
日蓮宗の内部抗争で度々の迫害や弾圧を受けたが、江戸時代後期の医師難波抱節の宅跡を入手して「妙覚寺」を再建。
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「治部ヶ谷」
まずは中腹の「道林寺丸」を目指して登山する事になる。
こちらのコースは比較的緩やかな傾斜地も一部にあるが、落ち葉がいっぱいなので歩きにくい。
また、周辺は倒木が散乱しているが、はっきりした石垣がすぐに発見できる。
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「道林寺丸」
ここは「本丸」から南西側の尾根になる。
周辺は大きな縦堀が見られる。
・TOP右画像
「道林寺址」
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「本丸」と「北の丸」への分岐点
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「白水の井戸」
「北の丸」方向へ北上する途中に見る事が出来る。
この井戸は石組で作られている。
尚、山道から下端へ外れてた場所にあるので滑ってしまいズボンが泥だらけになってしまった。
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「北の丸」
城山の三角点がある部分はここ「北の丸」であり「本丸」より高い位置になる。
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「本丸」
郭には石碑や案内板が設置されている。
北側に土塁が付き、北西側がやや高い地形で外側に石積が残っている。
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「金川城」縄張図
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「天守の井戸」
この北土塁の下に大井戸があり、直径は8m、深さは10.8m。
日本全国の中でもトップクラスの大きさを誇る。
この井戸だけでも金川城を登城する上で非常に価値がある。
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「二ノ丸」
「本丸」から南東端に設けられ、御津支所方面へ下山する途中になる。
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「杉の木井戸」
ここでも窪地の底に石組み井戸が残っている。
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「二の丸」から金川駅(JR津山線)や旭川が望める。
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「千鳥坂」
丸太で1210段の階段を設けて整備している。
下って降りるには非常に歩き易かった。
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「御津支所登城口」
下山したのは城山の東側になる。
主な遺構すべてを一周した事になる。
この日は午前中に約2時間をかけて登城を終了。
久しぶりの運動で汗をかいたが、天気も薄曇りなので暑くもなく心地よい気候でした。
この時期の山城探訪は最高だ。
さて、お昼から次の探訪地へ・・
つづく
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