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2016年04月07日06:06

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ぼくが花見を嫌う理由

昔、社畜ありけり。
花を見んとて、乞食に銭払ひて、社章の描かれたるおほきなる青き布を広げ散らかしたり。さすがに我が身の数ならぬをや知りけむ、重き司の来れば、ぬかずき坐をすすめたり。
咲きぬべき梢、雲と紛ふべき様形、あはれなるをねんごろにも見ず、酒を飲み飲みつつ、雷の如き電蓄を運び入れて、品悪しき流行り歌をいみじくののしりけり。
ある人の読める
世の中にたへて中国人のなかりせば、春の心はのどけからまし。
また、読める
あればこそいとど桜のめでたけれ、浮世に日本は久しかるべし
清めだにせで、したり顔にて袖かきあはせて帰りけり

評に曰く
旧き日のもとの文だに知らざる非修非学の者なれば、唐の文、経も知らず。三宝の滅びたる末の世なるかな。


昔、社畜がいた。
花見をしようと、浮浪者に手間賃を払って、社章が書かれた巨大なブルーシートを広げ散らかして、場所取りをする。とはいっても自分が物の数ではないことを知っているのだろう。上司が来たらやたらにぺこぺこする。
今にも咲きそうな梢や雲と間違えそうな桜の全体の姿など、風情ある姿をろくに見ないで、大酒を飲んで、雷のような爆音のアンプを運び入れて、下品な流行歌をカラオケで歌った。
ある人は、
あのマナーが悪い中国人さえいなかったらな
と言った。
他の人は、
中国人がいるからいいのだ。日本の繁栄は永遠に続く
といい、
掃除すらしないで、得意げに帰った

(日本の古文さえも読めない。まして漢文など読めるわけがないバカどもだから、中国文化も知らない。世も末だ。)


『徒然草』などで、花見の大騒ぎは戒められています。

月・花をば、さのみ目にて見るものかは*。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨のうちながらも思へるこそ、いとたのもしうをかしけれ。よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑なり。片田舎の人こそ、色こく、万はもて興ずれ。花の本には、ねぢより、立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、果は、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手足さし浸して、雪には下り立ちて跡つけなど、万の物、よそながら見ることなし。


月や花は、目だけで見るものなのだろうか。満開の桜なら家を出なくても、満月なら布団の上に居ながらでも想像することができ。それはそれでとても楽しくて味わいがあるものだ。風情や趣きを感じ取れる人は、ひたすらに面白がるような様子でもなく、何だかなおざりに見ているように見える。片田舎の人の花見は、しつこく眺めて全てを面白がろうとするものだ。花の下ににじり寄って、立ち寄り、わき見もせずに花を見守って、酒を飲み歌って、最後には大きな枝を心なく折ってしまったりもする。田舎者は、夏の泉には必ず手足を浸すものだし、雪見では雪に降り立って足跡をつけてしまい、全ての物をそっと静かに見守るということができない。





何でどんちゃん騒ぎをするのでしょうか。

自文化すら見えなくなり、小金持ち(つまり文化的なレベルが高くない人が多い)の外国人のマナーをあげつらう人と並んで、桜をめでたくはありません。



これが日本人の行動なのか? 花見の後に散乱したゴミに衝撃受ける中国人
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=97&from=diary&id=3932907
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