御嶽山噴火の際に、
「登山を止めればいい」といった人がいます。
あれは、確かに正論です。
テレビのニュースで、自衛隊のヘリによる救出作業を延々と見ていました。
当てにするわけには行きませんね。
自衛隊員やヘリを貶そうというのではありません。
おそらくは、
安全面の事情から、機数を増やすことはできないのでしょうし、風などの関係から、隊員をつりさげるにしても、すぐに目標ポイントに到達し、パッと救うというわけには行かないのでしょう。
同様な災害が起きたら、警察、海上保安庁、自衛隊は救出に駆けつけてくれるでしょう。
しかし、「いざとなったら、自衛隊が助けてくれる」と考えるのは、甘いですね。
電柱につかまっていた中年の方などは、いつ流されてもおかしくない状況でした。
また、流された家をみると、基礎が流されたから、土台から上の建物が流されたと見えます。
どんなにガッチリと家を建てても、基礎ごと流されたら意味がありません。
昔から、お寺や城は高台に立っていました。
昔の人は、よく考えていました。
今でも、高台は地価が高く、低地、特に何らかの事情で水が出るところは、地価が安いです。
しかし、
日本人全てが高台に住むわけにはいきません。
人口の問題もありますが、昔なら農作業ができなくなります。
東京の地盤の地図(ボーリングの結果を示したもの)を見たことがあります。
地盤がいいところは、わずかです。
農作業がない現代の東京でも、実際に地盤のいいところを選ぶのは、予算やエリアなどの他の条件がありますから、非常に困難だと思います。
だから、
「あんなところに住んだのがいけない」とは言えません。
明日は我が身です。高台に住んでいるひとでも、地下鉄で通勤中に難に逢うかもしれません。
ぼくが嫌いな言葉に
「自己責任」というのがあります。
観察していると、愚者であればあるほどこの言葉が好きです。「自己責任」とは、裏返せば、自分が幸運であったことは、自分が偉いから…ということになりますし、たとえば、現在の悪政を完全に隠ぺいするこにつながりますから。B層が、政府当局の世論操作に引っかかってだまされているだけです。
…それにしても、50年に一度の大雨。
そこまで考えて、護岸工事をやり直すわけには行きません。
難に逢われた方は、不運だったとしか言いようがありません。
ありふれた言葉になりますが、お気の毒の一語に尽きます。
お亡くなりになられた方のご冥福を、心からお祈りいたします。
■鬼怒川決壊、12人不明 鹿沼の土砂崩れで女性死亡
(朝日新聞デジタル - 09月10日 21:42)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3610078
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