文京区には、伝統と新しさの共存があります。
個人的には、古い坂と岡があり、それぞれが単なる地物ではなく、歴史が刻印されているところが、好きです。散歩には最適な街です。
街の年齢というものがあるそうです。
たとえば、高島平や多摩センターは、70年代や80年代は若々しい街でした。
ところが、マンション
(資産価値が下がり、建て替えできません)
がメインですから、
今や老朽化し、育った子どもは出ていき、老人が老朽化した旧式のマンションに住むという街になりました。
ただ、年齢があるというのは、新興住宅地や過疎地など問題があるまちにこそ言えることではないでしょうか。
文京区は、実家のある新潟県長岡市と同様に、年齢がありません。
戸建てがメインですから、
我が家の周りは、中尉で終戦を迎えたような、極老の老人から、生まれたての赤ちゃんまでいます。老人がお亡くなりになり、新しい命が生まれる。
その繰り返しがあるだけです。
近所に老人が住んでいました。90くらいの上品な方です。おとなしいお年寄りだな…と思ってたら、漢和字典の著者の、雲の上の大物学者でした。そんな方も、別段、ご近所の噂になるということもなく…ご死去を新聞で知った次第です。
子どもの小学校も、
古い街だからこそ持てる、多様性があります。
渡り職人一家のお子さん、商店主一家、普通のサラリーマン、未婚の母、果ては、運転手を抱えている大金持ちまで。PTA会長は、暇がある、頭がいい、社会的地位がある…と三拍子そろった、お茶の水女子大教授です。
ここに住んでそろそろ十年ですが、
やはり、街は
人工的に作れない部分があります。
マンションやショッピングモールは、時の流れには抗せません。
東京に来た頃の元カノが、イタリアントマトのファンでしたっけ。
スパゲッティといえば、ナポリタンとミートソースだった時代に、ペペロンチーノなどを出しましたが…今や、ペペロンチーノ程度は、自分で作ります。島唐辛子と隠し味のシャブリを云々。とてもじゃないが店のスパゲッティはまずくて食べられないという時代になりました。人工的に作った街は、こういうせいぜい旬が十年程度の大手テナントがショッピングセンターに入ります。
当時のマンションも、白い箱の屋上に、キノコが生えたような無様なものになりました。デベロッパーはもちろん、住人も未来を予測する余裕がないのですね。
ただし、人工的に作れる、というより作らなくてはならない部分もあります。
医療や、学校です。
さすがに、十年となれば、家族が救急搬送されたこともあります。
その時、「大塚病院でいいですか。」と聞かれました。
日本医大、東大、大塚病院など、4〜5の救急病院があるそうです。どれも、全国的に名の知られた高度な技術を持つ病院。恵まれています。
学校は、中学は、完全選択制。
某中学は、この制度が始まった年、新入生が2人だったそうです。荒れていたから、校門の前の御宅ですら、わざわざ別の中学に行かせたと。
公立だから首はないとはいえ、こういう制度があると、校長も恥をかきたくないから、生活指導を頑張ることだと思います。
文京区は健闘している方ですが、
待機児童を解消するだの、教育の再生だの…と、法螺を吹きまくっている地方議員や首長が当選する現状には、考えさせられます。
三千票で楽に当選する区議でも、このザマです。
まして、国政となると、
息を吐くようにウソをつく、
ハシシタのような輩が当選してしまうのですね。
民主主義は、今や、虚言すら乗り越えられなくなっています。
“魅力的な街”1位に「東京都文京区」、2位「大阪市北区」、8位には「金沢市」がランクイン
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=17&from=diary&id=3598251
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