「愛媛探訪日記」の7回目。
「紫電改」の次は現存12天守のひとつ「宇和島城」を見学した。
この城は慶長6年(1601年)、中世に築かれた「板島丸串城」の跡に藤堂高虎が近世城郭として「宇和島城」を築城。
その後、江戸期に入り、伊達宗利が寛文6年(1666年)に天守台の石垣と天守を建て替えている。
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城内への登城口は2つある。
我々は駐車場のある北東に位置する「桑折長屋門」から入城した。
・TOP左画像
「宇和島城マップ」
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「長門丸」外周の比較的緩い坂道の北周りを歩く。
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「藤兵衛丸南角櫓跡」
本丸北西下に位置する。
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「城山郷土館」
これは弘化2年(1845年)、「三の丸」に建てられた「山佐倉庫」と呼ばれる武器庫を城山内に移築。
現在は「城山郷土館」として無料開放している。
この日は「うわじま伊達・偉人展」が開催中だった。
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「御弓櫓跡」
本丸下の帯曲輪になる。
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ここまでくると「天守」が見えてきた。
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「二の丸跡」
現在、「宇和島城」の堀は埋められ、「三の丸」を含む多くの総郭部分が市街地化されたが、「本丸、二の丸」の郭、約10万�屬両觧海六弔気譟⊂赦贈隠嫁�に国史跡となっている。
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「本丸櫛形門跡」
一の門になる本丸へ唯一の虎口入口。
↑(TOP右画像)
「宇和島城天守」
天守は三重三階で飾りの破風、窓の配置、屋根形状は完全な左右対称の層楼型天守である。
また、各階平面は完全な正方形で、江戸期の平和な時代に築かれた為、解放的な玄関になっている。
それでは天守内に入ってみよう。
つづく
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