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2015年08月02日00:55

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山陰遠征−12/松江城の櫓

「松江城」見学の続編です。

平成時代になって全国各地で天守や櫓・門が木造で復元されている。
過去には鉄筋コンクリート造による外観復元や模擬復興が主流だったたけに木造建築の復元は“お城”ファンにとっては非常に喜ばしい。
また、これが近年の“お城”ブームのきっかけになっていると思う。
ここ「松江城」でも2000年から3つの櫓が古写真や発掘調査に基づき完全復元されている。
それでは、三つの櫓を紹介してみよう。

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「太鼓櫓」(たいこやぐら)
大手(正面口)を監視する為に「二の丸上の段」の北端隅に設けられた一重の櫓で、内部に太鼓が置かれ時を告げていたと言う。
入口には柿葺き(こけらぶき)の庇が取付られている。

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「太鼓櫓」の内部
柱を見せる真壁造りで石落(左)や矢眼・銃眼(右)が確認出来る。

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「中櫓」
「太鼓櫓」と「南櫓」の間に造られ、それぞれ瓦塀で繫がれている。
別名「御具足蔵」(おんぐそくぐら)と呼ばれ、武具等を保管する倉庫として使用されたと言われている。

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「南櫓」
二の丸の南東角に建てられた二階建ての櫓。
城下町の南東方向を監視する二重櫓。
1875年(明治8年)に取り壊されている。

・TOP左画像
「南櫓」(左)と「中櫓」(右)

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「南多聞櫓」
こちらは「本丸」の櫓で、戦後の天守復興ブームによる1960年(昭和35年)に復元され、城の管理棟及び休憩所になっている。



さて、「本丸」の南側に位置する「二の丸」には、櫓の他にも色々と見所がある。

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「覆い屋付の井戸」
井戸の内部は自然石を積み上げた円形で、外側は方形の木製井側。

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「興雲閣/松江郷土館」
明治天皇の宿泊所として造営された西洋風建築であるが、日露戦争の勃発で天皇の行幸は実現していないと言う。
この度は残念ながら工事中でした。


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↑(TOP右画像)
「松江神社」
1899年(明治32年)に二の丸上の段に楽山神社(1877年創建)と東照宮(1628年創建)が合祀された「松江神社」



次回に再び訪れる事があれば、今度は武家屋敷や松江歴史館にも立ち寄ってみたい。

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