昨日の5月8日は同居人の誕生日でした。
存命ならば59歳になります。
昨年の12月に入って、2回目の抗癌剤治療も効果が上がらず、
主治医から緩和ケアへの転科を勧められました。
当人も覚悟をしていたのでしょう、あっさりと了承しました。
僕は、抗癌剤の副作用で苦しむ姿を見せられて、
彼女の希望を叶えるのも仕方ない事だと思いました。
その時点で、主治医からは年を越すのは問題ないが、
2月を迎えられるかどうかは、分からないと言われていました。
僕は、緩和ケアに行って、痛みをコントロールしてもらって、
一日でも長く生きていて欲しいと彼女を励ましました。
「年を越すのは当たり前、
2月の節分、3月のひな祭りを過ごして、4月の桜を見て、
59歳の誕生日を迎えられるよう、頑張ろう」と話しました。
同居人は何も言わずに、静かに微笑んでいました。
しかし、緩和ケアの病室が空くのを待っている内に、
主治医の想定を遙かに上回るスピードで病状が悪化し、
12月18日に旅立ってしまいました。
残されてから、僕は励まし過ぎたのではないかと、ずっと気になっています。
特に、2回目の抗癌剤治療は、彼女も躊躇っていたのを、頼んで受けてもらいました。
2回目の抗癌剤治療を決める際、
同居人は、主治医に
「先生のお母さんだったらどうしますか?」と訊きました。
この質問は、本か何かで彼女が仕入れていたもので、
どこかで使おうと言っていたものでした。
主治医は、困った顔をしていましたが、
「決して誘導する訳ではないが、やはり受けてもらうだろう」と言いました。
これで彼女も踏ん切りがついたような感じがありました。
しかし、その結果彼女に苦痛を与え、寿命を縮めてしまったような気がしてなりません。
先日、長男と酒を飲みながら、そんな事を言いましたが、
長男は、あの時点では、あれ以外の選択はなかったと言ってくれました。
昨日は、仕事が終わってから、デパートに行って、
彼女が好きだったゴディバのチョコレートと花を買って来ました。
家に入ろうとしたら、
玄関脇の小さな花壇にペチュニアが咲いているのに気が付きました。
ペチュニアは、昨年病気が分かる前に、同居人が買って来て植えたものです。
手術のために入院する時に、ペチュニアを見ながら、
「来年も咲くかなぁ?」と言っていました。
12月に入っても少し咲いていて、
彼女が遺体で帰宅した時には、半ば萎れた花が1輪残っていました。
その後、枯れた根などは捨ててしまったのですが、
この春になって、少し芽が出て来たので、咲くと良いなぁと思っていました。
それが、奇しくも昨日咲きました。
これも巡り合わせなのでしょうが、見ていて目頭が熱くなりました。
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