mixiユーザー(id:8437995)

2015年03月23日01:32

663 view

備後探訪−32/新市町周辺の縄張り事情

新市町探訪の最終回。
前回の日記で紹介した通り、ここには備後の「吉備津神社」を中心に多くの城が築城されている。
それは「吉備津神社」を支配する事は、備後国を治める上で重要な意味を持つからです。
また、戦国時代では西の毛利氏と北の尼子氏が敵対する紛争地であり、さらに東の宇喜多氏から国を守る必要もあったようです。
そんな解説を聞きながら、「吉備津神社」神職(権禰宜/ごんねぎ)の尾多賀さんから新市町周辺資料を頂いた。

・TOP左画像
「厳島神社」から西へ望む「鳶尾山跡」(とびのおじょう)

・TOP中画像
「厳島神社」から東へ望む「殿山城跡」

・TOP右画像
芦田川から望む「相方城跡」(さがたじょう)


それでは社務所で入手したコピー資料の一部を公開しよう。

フォト

↑
「吉備津神社古図」
神社の境内に各所建物が配置されており、真下の大池が「厳島神社」になる。
左上の山は「鳶尾山」(とびのおやま)を示している。

フォト

↑
「新市町南部中世景観復元図」
この地図を見ると吉備津神社を囲むように多くの城が配置している事が分かる。
東側は「椋山城、甲山城、観音山城、保屋城、四五迫城、粟田城、殿山城、新山城、法光山城」
北側は「日隈山城、殿奥山城、備秀寺山城、木曽丸山城」
西、南側は「鳶尾山城、桜山城、亀寿山城」
さらに芦田川の南には「相方城」が位置する。

フォト

↑
「桜山城跡略測図」
城の遺構は桜山全体に広がるが、周囲は畑や宅地、墓地等で縄張りの一部は壊されている。
しかし、館跡と思われる平坦地や山頂の主郭には長方形の櫓跡が確認出来る。

フォト

↑
「鳶尾城跡略測図」
城跡は山林に囲まれ、縄張りの保存状態は良好。
吉備津神社西方の丘陵に位置し、中心部に主郭を置き、北と南西に堀切と郭を配している。
南東部は岩盤が露出しており石切場跡が確認出来る。

フォト


フォト

↑
「新市町周辺の主要城館略側図」
山道や目印の無い山林の中で城郭跡を探るには、このような縄張り図があると非常に助かる。

フォト

↑
「相方城跡」主郭から遠望する新市町南部風景
画像の⇒は左から「鳶尾山城」「桜山城」「亀寿山城」の位置

フォト

↑
画像の⇒は左から「亀寿山城」「粟田城」「殿山城」「新山城」の位置


他にも「新市町全体の城館跡分布図」「新市町周辺の主要城館跡及び主要遺跡分布図」も手に入れた。
この地図を見ると・・この地には多くの古墳群が点在しており、広島県全体の2/3がこの地に集中しているとの事。

さて、今回の新市町エリアの城跡探訪地はあまりにも広範囲な為、この日の1日ではとてもすべてをたどる事は出来ない。
機会があれば再挑戦したいと思うが、郭や堀切だけの城跡探訪の優先順位は低く、しばらくは後回しになりそうだ。
今後は・・まだ身近な場所で石垣のある城跡見学を最優先したいと考えている。

13 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年03月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031