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2015年03月11日10:38

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備後探訪−26/「興安丸」の錨

三原の町散策の最終回。
最後に紹介するのは三原港フェりー乗り場付近で見つけた「興安丸」の錨だ。

「興安丸」は1937年1月に建造され、関釜連絡船(下関〜釜山)として活躍。
当時は「満州国」建国に伴い鮮満方面客だけでなく、日本軍や満蒙開拓団なども加わり旅客の需要が急増。
しかし、太平洋戦争末期の戦況は極めて悪く、対馬海峡や日本海も危険な海域となり、「興安丸」は山口県北長門海岸の奥深い入り江・須佐湾に避難し終戦を迎えている。
戦後は引き揚げ船として仙崎・博多−釜山間を就航。(1945年9月〜1947年4月)
1959年には北ベトナム・ハノイ-東京間の引揚げにも従事している。

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「興安丸」(金剛丸型)
要目:総トン数 7079t、全長 124.1m、全幅 17.4m、 速力 23.1ノット
建造所:三菱重工長崎造船所


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「興安丸」の錨
最後は1970年11月広島県三原市で解体されて34年の生涯を終える。
強い保存運動があったと聞くが、実現せずに解体地となった三原の地に錨だけが保存されたようだ。
ちなみに、本船は一時期海上自衛隊によって航空母艦への改装が検討されたが実現しなかったと言う。


さて、三原の町散策を終えたが、この日の仕事は19時から。
まだ時間に余裕があるので、ここからさらに足を延ばして、次の目的地へ探訪してみよう。

つづく
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