mixiユーザー(id:1525854)

2026年08月24日13:46

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戦は正しいものが勝つとは限らない。しかし歴史は勝者が都合よく書き残す。

一方の視点に頼らず、多角的な資料から過去を組み立て直すことが大事ですね。
第二次大戦だって、連合国にも「正義」=「大義名分」があれば、日本やドイツにも正義があり、ウクライナとロシアの戦争でも、それぞれが掲げる正義がある。

【歴史の裏側と新事実】
「脳筋の猛将で秀吉に敗れた古臭い武士」と思われがちな柴田勝家。

しかし近年の歴史研究では、豪雪地帯の北陸で流通網を整備し、領民の支持を集めた「驚異的な広域マネジメントの天才」だったと評価されています。
実は彼、単なる武功だけの男ではありませんでした。

柴田勝家が「刀さらえ(刀狩)」を最初に行ったという記録が残っています。一向一揆の鎮圧後、領内の武装解除や治安維持を目的として武器を没収し、その鉄で伝承や古文書が確認されています。

勝家の凄みは、過酷な北陸戦線における圧倒的な「物流・治水・インフラ整備力」にありました。

治水・インフラ整備
・九頭竜川の舟橋:川幅180m超に48隻の舟を鉄鎖で繋いだ巨大な橋を架けた。
・芝原用水:福井平野に水を引くため用水の整備に尽力した。
・足羽川に架けた「九十九橋(半木半石の画期的な橋)」(明治時代末期の1909年(明治42年)に架け替えられるまで、約330年にわたり存在した)

統治と経済政策
・先駆的な刀狩:一揆勢から没収した武器を農具や橋の資材へ転用した。
・独自の検地:村の惣代を通じて詳細な土地調査を行い、領内支配を安定させた。
・交通網の拡充:近江と越前を結ぶ険しい峠道を開き、物流の大動脈を確保した。

人望と組織マネジメント
・部下からの厚い信頼: 普段から家臣への気配りを忘れず、「親父殿」と呼ばれて深く慕われました。
・実務能力の高さ: 単なる突撃隊長ではなく、信長の天下布武を最前線で支えた最高幹部として、軍政全般を的確に処理しました。

豪雪に阻まれる北陸で一向一揆を鎮圧し、安定した統治を築けたのは、彼の綿密な地域インフラ開発と補給戦略があったからこそ。

秀吉にとっても、最も隙のない「恐るべきライバル」だったのです。


大河「豊臣兄弟!」次回サブタイトルに視聴者悲鳴「ついに退場?」「号泣確定回」【ネタバレあり】
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=137&from=diary&id=8919568

でもどうせ反日媚中の連中が牛耳るNHKがつくるドラマではこういう功績は無視され、勝家とお市・浅井3姉妹との悲劇ばかり強調される安っぽい演出になるんだろうなあ。

『信長を殺した男〜日輪のデマルカシオン〜』などの作中において、信長=麒麟、秀吉=饕餮、勝家=鬼と比喩されていたが、饕餮(とうてつ=すべてを喰らい尽くす欲の象徴)秀吉の暗黒面を豊臣兄弟ではどこまで描けるのやら。
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