皆様、再びお今晩は。今回も「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱」展から近世日本画の巨匠中の巨匠円山応挙先生の作品を三点御紹介致します。
山下裕二先生が日本絵画史を語る上で絶対に外すことの出来ない二人として狩野派二代目の狩野元信と円山応挙の二名を挙げておられますが、これには自分も完全同意でして、御二人とも今までの「日本画」の技法を統合して現在に通じるまでの流れを作ったと言うことに異を唱える方はまずいないと思っております。狩野派は明治時代迄活躍した狩野芳崖、橋本雅邦、そして意外に思われる方もいらっしゃるでしょうが日本で再評価が進んでいる河鍋暁斎まで綿々と続いています。
一方の円山応挙先生は、ディエゴ・ベラスケス師と並んで自分が最も好きな画家の一人で御座いまして、当時「粉本主義」(お手本を作ってその通りに模写すれば画力があれば狩野派の絵になりますよと言うテキスト)が時代と共に形骸化していって、それを「写生」というリアリズムでバチバチと打破していったのも応挙先生。二十代の頃に「眼鏡絵」というものをやっていて、風景などを西洋画の遠近法を応用して描き、これを「覗き眼鏡」という凸レンズを嵌めた箱を通して見ると立体的に見えるというものです。
あとは三井寺円満院門主の祐常の知遇を得たり、後には三井家の援助を得たりとパトロンには困らなかった方でして、弟子が千人居たというのも頷けます。で……応挙門下のお弟子さんが凄すぎるのです。
後に四条派の祖となる松村呉春や長沢芦雪、森徹山、源��、原在中、山口素絢と言う名だたる巨人ばかりでして、これが明治時代迄確実に続いています。この展覧会でも出ている蒔絵の方が有名な柴田是真、そして竹内栖鳳、川合玉堂、上村松園と近代日本画を代表する「京都画壇」はこの方の存在抜きでは語る事が出来ません。
今回は図録の表紙にも採用されている超優品『虎の子渡し図屏風』を中心に書いていければと願っております。何でこれが超優品かと言えば、状態が極めて良好であり、『花鳥図』と共に超高価な岩絵具がふんだんに使われている点。そして遺作となった『保津川図屏風』と同じく水の描写が本当に巧い。しかも原三渓の旧蔵品というところも非常に高得点です。
原三渓(本名原富太郎)は、明治時代の実業家であり茶人としても超一流な上に自分でも絵を描いているんですが素人の芸では無いんです。2019年に横浜美術館にて開催された驚愕の大展覧会「横浜美術館開館30周年記念 生誕150年・没後80年記念 原三溪の美術 伝説の大コレクション」で一堂に還しましたがまあ凄すぎた。国宝や重要文化財の綴れ織り状態でして、松方コレクション同様に散逸してしまったのですが松方幸次郎が西洋美術の殿堂であるとすれば、原三渓コレクションは「日本美術コレクションの殿堂」と言っても過言ではございません。
長々と語ってしまいましたが、二幅の掛軸である『花鳥図』も若冲の初期作品同様「銀子が掛かっています」の優品です。残りの一点の『香山九老図屏風』に関してはある仮説を立てています。このサイズ、同じフォーマツトの作品がもう一点大英博物館は所蔵しており画像検索して頂いたらビックリすると思われるですが「抽象画」入っています。でも、今大英博物館の方で検索しても画像は出てこないんですね。思うに修復中の真っ最中ではないか?と思っています。その代替品としてこれを持ってきたというのは穿ち過ぎでしょうか?
https://daiei-ten2026.exhibit.jp/
ログインしてコメントを確認・投稿する