出勤前に、たまたま起きていた妻と顔を合わせた時のこと。
妻の顔色が少し悪かったので「大丈夫?」と声をかけると、
いつものように「大丈夫よ」と、どこか力のない声でそう言った。
その言葉に、私は深く考えず家を出た。
“大丈夫”という言葉を、いつもの調子だと受け取ってしまったのだ。
昼過ぎ、勤務中の私に妻から連絡があり、
「なんかふらふらするの」とのこと。
心配になって「医者へ行ったほうがいい」と返したが、
返ってきたのは「大丈夫。少し休んでるから」という短い返信だった。
ところが帰宅すると、
妻は「実は病院へ行ってきたの」と静かに言った。
そして続けて、
「本当はふらふらしてて、運転も怖かった。
できれば連れて行ってほしかった」と。
妻の“大丈夫”には、
心配をかけたくない気持ちと、
本当は頼りたい気持ちが同時に隠れていたのだと思う。
私はそのサインを受け取れず、
都合よく“問題なし”と解釈してしまっていた。
長く一緒に暮らしていても、
言葉の裏にある温度までは読み切れないことがある。
これからは、表面の言葉だけで判断せず、
その奥にある本当の気持ちまで受け取れるよう心がけたい。
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