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2026年05月17日21:34

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「鬪ふ男」「男子有情」発掘された映画たち2026:国立映画アーカイブ、その1

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「鬪ふ男」1940・東宝映画・白黒35�弌淵縫紂璽廛螢鵐函法4董Ю佚通瓜亜8供�萩原四朗。脚:大和田九三。撮:唐澤弘光。編:岩下廣一。美:中古智。音:清田茂。出:岡讓二、廣澤虎造、花井蘭子、�垰咳進拭�鬼頭善一郎、清水美佐子、永井柳太郎、小�發燭�し、川田晶子、関  猛、原文雄、成田光枝、生方賢一郎、岬洋二。
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最近NFAJやシネマヴェーラの解説にトンデモなものが散見されますが、本作も解説文書いた人物は実際は作品を観てないか、余程の歴史無知に思えます(国立博物館としてそれで良いのか?)。それはそれとして、人に「邦画の監督で最高と思う人物は?」と問われて「石田民三!」と答える私は本企画の上映二本は大本命です。
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原作はテイチクによる浪曲歌謡分野の先駆者、萩原四朗の詞。この時代は音盤会社後援の『浪曲映画』という分野があり、本作もその一つです。作中浪曲を披露するのは吉本興業の二代目『廣澤虎造』で当時大人気。本作の直前にも超名作「虎造の荒神山(1940、黒澤明ノンクレジット脚本)」など映画出演も多数。
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のっけからいきなりカーチェイスのアクション。車は双方1937年型『ニッサン70型乗用車特殊(高級)型セダン』で主人公車は所謂『円タク』。どちらもピカピカな事から日産が協力していると思われます。また警察のハーレーが既に『白バイ』なのにも注目。他に『大日本麦酒(現アサヒ、サッポロ)』がスポンサーの模様。
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ロケは銀座から上野にかけてテンコ盛りで映る風景全て鼻血が出そうです。が、お話が面白いので中々画面観察に神経が行き届かないのが難処。コンクリートアーチは山下町高架橋か上野万世橋貨物高架でしょうか。川(堀)と橋と鉄道高架が立体交差するのは『新幸橋』(現在は堀は埋め立て、国会通り)と推定。
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大太刀回りの建設現場は当時京橋1丁目で建築中の『ブリッヂストンタイヤ(現ブリジストン)』本社(1941竣工、1945戦災消失)と推定。住宅街は東宝の別作品のセットにさらに手を加えたものに見えます。石田民三作品の特徴の一つに病的な凝り方のセットがあり、実際の使用感、生活感が半端じゃありません。
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実物が可動する家屋構造や家具は実際に動く部分がシーンごとに操作済で違う事(しかもその状況に適った自然な状態)で確認出来ます。そこまで本物っぽいんだったら、じゃぁロケでしょう?と考えてしまいますが、実際の建物内や街角ではカメラ位置が物理的に収まらず有り得ないアングルなのでセットだと分かります。
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東北本線を北上するシーンは小山の辺りと推定。主人公の故郷の駅は『のっぽろ』で、景観から実際に野幌駅とその周辺でのロケのようです。駅前に『サッポロビール工場』の看板があるものの、大日本麦酒第一、第二工場共に札幌市街にありプロダクトプレイスメントだと思われます(実際は煉瓦工場と推定)。
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またビール瓶の登場シーンでは『アサヒ』ブランドが使われてますが、最初に登場したラベルが見えるシーンから各カットで向きは変わらず(よくある必ずラベルがカメラ方向を向いてるパターンではない)、リアル描写に拘る石田監督らしさを感じます。函館本線と隣接するT字路に
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『明治製糖(現DM三井製糖)野幌採種農場』の看板がある地点は現在の野幌若葉町交差点ではないでしょうか。主人公の実家の背景木立の向こう側にサイロがチラ見えするとか、地平線の見える広大な景色とか、まだ開拓地だった頃の北海道の風景も見物です。『夕張鉄道11形蒸気機関車』にも注目。
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「男子有情」1941・大宝映画・白黒35�弌淵縫紂璽廛螢鵐函法4董Ю佚通瓜亜5咫�八住利雄。撮:河崎喜久三。編:畑房雄。美:河東安英。音:清田茂。出:岡讓二、黒川彌太郎、花井蘭子、石田一松、進藤英太郎、西川壽美、濱路良子、瀬川路三郎、尾上栄二郎、寺島貢、下田猛、松田新、谷山光、原文雄、三田國夫。
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お裁きもので過去から後々まで読物から演劇まで国も問わずよくある筋書ですが、演出的に浪曲映画から転じて本作では『演歌(現代の演歌とは意味が違う風刺的な歌謡文化)』がキーワードです。勿論脚本にヒネリが効いているのでステレオタイプな内容ではありません。また石田民三監督らしく画面の情報密度が濃いです。
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設定は明治19年(1886)で前年に内閣発足、「抜刀隊の歌」も発表直後で実際流行歌に成りました。小道具では石田他作同様に各種照明用ランプに注目。ロケ地は琵琶湖疎水沿いの『水路閣』『白川筋』『鐘紡上京工場』『夷川船溜』の可能性大で、裁判所入口は『京都帝国大学医学部附属医院』の正門と推定。
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この後、石田監督は「あさぎり軍歌(1943)」撮影中に世間から酷い嫌がらせを受け、映画への熱意を急降下させてしまいます。私が検証するに「あさぎり軍歌」の内容は反戦でも反皇国でもなく、袋叩きにされたのは『口実を欲する人達』の標的に成ってしまった為だと考えます。現代でもそうですが、
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創造による実績は大変な努力が必要ですが、『潰す・殺す』は手軽に行え、それを以って自身の自尊心を満たし『国体強化に自分は貢献している』と自己陶酔による優越感に浸る事が出来るのです。一度『アイツを潰すのが正義であり世間から尊敬を受ける』との妄想は一気に広まり、一斉にバッシングが行われる訳です。
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こうした傾向は何も戦前だけの話ではなく、現代のNFAJに集う映画マニア達も何であんなに上から目線の偉そうな態度なのか?と感じます。先頃の『辺野古沖転覆事件』でもヘリ基地反対協議会が会見の場で「お前ら下衆ごときに何が分かるか、頭か高い」と尊大な態度や自分達に都合の良い一方的な主張を示したのも同じ根源ですよね。


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