ウイスキーはダメだということは、真夏に身をもって学んだ。
しかし当時の私は、なぜか 「焼酎なら大丈夫」 という謎の自信を持っていた。
今思えば、その自信はどこで拾ってきたのか本当に知りたい。
あれは今から15年ほど前の10月のこと。
息子のソフトボールチームが、市の大会で見事に優勝した日だった。
子どもたちとその親たちでホテルの宴会場を貸し切り、祝勝会が開かれた。
父親たちは優勝の余韻と、なぜか“自分たちも優勝した気分”になってしまい、
気づけば2次会、3次会とスナックをはしごしていた。
気がつくと、焼酎のボトルが1本、きれいに空になっていた。
どう見ても、ほぼ私ひとりで飲んだ形跡しかない。
当時の私は、焼酎にだけは根拠のない自信を持っていたようだ。
その夜、帰宅して2階の寝室へ向かう階段をのぼろうとした瞬間、
ふらついた身体が大きく傾き、
手すりに脇腹を思いきりぶつけた。
その衝撃たるや、
「今、何か大事なものを失った気がする…」
と酔っているのに悟るほどだった。
翌朝、脇腹がズキズキ痛むので医者に行くと、
レントゲンを見た先生が淡々と告げた。
「うん、あばら骨2本折れてますね」
……焼酎1本であばら2本。
“1本買うと2本折れる”みたいな、誰も得しないキャンペーンはやめてほしい。
これは大失態だ。
家族以外には絶対に言えない。
そう心に決めた。
ところが数日後、子どもの学校の運動会があり、
その準備のためにテントを張っていた時のこと。
息子のソフトボールのお母さんたちとすれ違うたびに、
なぜかニヤニヤしながら「大丈夫ですか〜?」と声をかけられる。
……なぜ知っている。
誰がチクったんだ。
振り返ると、
妻がそのお母さんと目を合わせ、
同じ角度で、同じ速度で、同じニヤニヤをしているではないか…。
【教訓】
焼酎のボトルも、一人で一気に空けるものではないという新たな発見。
そして、階段は酔った勢いでは登れないという、もっと大きな発見。
ついでに、妻の情報網は想像以上に広いという恐ろしい発見。
年齢を重ねるたびに、いろいろな発見があると感じた出来事だった。
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